信長様と別れた私は、光秀さんn御殿へ帰還した。

「お手伝いありがとうございました」

女中「いえ。では失礼しますね」

女中さんに手伝ってもらい、豪華な着物から普段着へ着替え終え、不在の間に届いていた書状に眼を通そうとした時・・・・・・

光秀「・・・・・・ただいま」

「あ、光秀さん。お帰りなさい」

帰ってきた光秀さんを、私は笑顔で出迎えた。
(・・・・・・何か危険なことをしてきた様子はないみたい)

光秀さんの身なりをちらりと観察して、ほっと胸をなでおろす。

光秀「会談は順調に終えられたそうだな」

「はい!信長様にも褒めていただけました」

光秀「終始お守りをするつもりだったが、約束を違えてすまなかった」

「いいえ。言ったでしょう?会談の席も、任せてくださいって」

光秀「ああ、そうだった。さすがだな。師匠の顔が見たいものだ」

微笑んで、光秀さんは優しく私の頭を撫でた。
(あ・・・・・・)

その時、間近に迫った光秀さんの手の甲に、小さな赤いかすり傷を見つけた。
(まだ、新しい傷だ。やっぱり、何かあったんだな)

そう察したけれど、それを表には出さずに微笑む。

「光秀さんも、お疲れ様でした」

光秀「・・・・・・ああ」

光秀さんが帰ってきたら、普段どうりに接すると、私は心に決めていた。
(だって・・・・・・あなたの秘密には、いつだって、愛が溢れてる。それを知ってるから、無理に暴いたりするつもりになんてなれないよ)

何を隠していても、光秀さんは、こうして私のところへぶじに帰ってきてくれる。それだけで
充分だった。
(隠していても、愛は伝わるから)

すごい信頼関係だな。こういう愛の形って素敵だなぁ♡

「長旅でお疲れでしょう。土埃(つちぼこり)もすごかったですし、湯浴みしてきたらどうですか?」

光秀「確かに、そうだな」

光秀さんは肩から羽織を落とすと、何の気なしに呟いた。

光秀「一緒に入るか?」

「えっ?」

光秀「土埃で汚れたのはお前も一緒だろう」

(一緒にって、お風呂に・・・・・・?)

「わ、私は駕籠(かご)に乗っていたので、そんなに汚れては・・・・・・」

視線を泳がせていると、愉快そうに光秀さんが私の髪を一房すくう。

光秀「おや、今日は察しが悪いな。湯浴みを口実にお前の恥じらう姿が見たい、と言わなければ伝わらないか?」

髪へ口づけられて、かっと顔が熱くなった。

「・・・・・・っ伝わってるから、はぐらかしてるんですっ」

光秀「ああ、なるほど。察しの悪いのは俺の方だったな」

「もう、早く行ってきてください」

背中をぐいぐいと押すと、光秀さんはくすくすと笑う。

光秀「ゆう」

「なんですかっ」

光秀「・・・・・・」

「光秀さん・・・・・・?」

光秀「・・・・・・いや、なんでもない。また、後でな」

(・・・・・・?)

光秀さんはそれ以上何も言わずに、部屋を出て行った。

(何を言いかけたんだろう・・・・・・)

・・・・・・・・・・

------そして、翌日。

いつものように、安土城の針子部屋へと向かっていると・・・・・・

???「あ、ゆう様!」

年配の女中さんが慌てた様子で、私に声をかけてくれた。

「どうかしましたか?」

女中「昨日の今日で、私も驚いてるんですが、」

女中さんは、懐から文を取り出すと私へ差し出した。

女中「ゆう様に懇意(こんい)にしていただいていたくずりが、やめちゃったんですよ」

「え・・・・・・っ」

女中「ゆう様宛の置き手紙だけ残ってまして・・・・・・」

「・・・・・・ありがとうございます」

(くずりちゃんが、辞めた・・・・・・・?)
文を開けると、幼いけれど丁寧な文字で、『ありがとうございました、ご恩は忘れません』と書いてあった。手渡された信長様の巾着、昨日光秀さんが姿を消していたこと、そしてこの置き手紙。

(偶然・・・・・・にしては、できすぎてるよね。やっぱり、くずりちゃんは・・・・・・)

女中「あの、それから・・・・・・」

「あ、はい?なんでしょう?」

女中「信長様が、ゆう様をお呼びです」

「えっ!?」

・・・・・・・・・・

「失礼します」

本丸御殿にある信長様の部屋へ向かうと、

信長「来たか」

信長様は書状から顔をあげ、振り返った。
(信長様が私に、なんの用だろう・・・・・・?)

首を傾げつつ、少し離れた場所へ腰を下ろす。

信長「俺に、金平糖を献上した女中がいたらしいな」

「えっ!?」

(それって、くずりちゃんのこと・・・・・・?)

見ると、信長様の手元には、あの巾着があった。
(まさか・・・・・・)

「中身、食べちゃったんですか!?」

私は思わず立ち上がって身を乗りだした。

信長「? 当然だろう」

信長様は何を言っているんだ、という顔で瞬きをした。
(ど、毒とかが入ってたわけじゃないんだ・・・・・・)

とりあえず、ほっと胸をなでおろす。

信長「昨日、光秀が届けに来て知った。貴様と懇意にしていたそうだな」

「あ・・・・・・はい」

信長「・・・・・・悪くない働きだった」

にやり、と不敵に笑った信長様は、それきり書状へとまた目を落としてしまった。
(それを言うためだけに、呼んだの・・・・・・?というか、『悪くない働き』って、くずりちゃんが金平糖を献上したこと?それとも、私がくずりちゃんと仲良くしてたこと?)

言葉が短すぎて、意図がつかめず混乱する。
(・・・・・いや、信長様のことだから、全部わかった上で・・・・・・?)

信長「何を突っ立っている?」

「あ、いえ!失礼します・・・・・・」

(・・・・・・ううん、信長様の頭の中まで考えるのはやめよう。脳みそがいくつあっても足りないよ・・・・・・)
私は軽く頭を下げて、、その場を後にした。

土、どう言うこと?
つまり、光秀さんは、あの巾着の中身の金平糖を破棄して、別に用意した金平糖を詰めて信長様に何もなかったように献上したって事???
かな。
だとしたら・・・
だよね、光秀さんならそうするよね。。。
深い愛感じるわー♡

・・・・・・・・・・

「金平糖、届けてくれたんですね。ありがとうございました」

夜、御殿で寝支度を整えながら、ふと昼間のことを思い出してお礼を言うと、

光秀「俺が食べてしまったとでも思ったのか?」

光秀さんは愉快そうに笑みをこぼした。

「そうは思ってませんけど・・・・・・」

(きっと渡さなかったんだろうなと、思ってたから)
くずりちゃんがもし間者だとして、あの巾着に何かあったのだとしたら、処分されてしまっても、何らおかしくはない。

「くずりちゃんにお礼を伝えられなくて、少し残念です」

光秀「・・・・・・辞めたのか」

「はい。置き手紙をもらいました」

光秀「そうか」

(何かあったかは知らないし、あの子が本当に間者だったのかもわからないけど。楽しかった思い出は、取っておいてもいいよね)
心のなかで呟いて、置き手紙をそっと文机にしまった。

「そういえば、私明日はまたお休みを------わっ・・・・・・?」

突然、長い両腕が、後ろから私を抱きしめた。ふわり、と鼻をかすめる香の香りに、鼓動が跳ねる。

「光秀さん・・・・・・?」

光秀「あの日俺が何をしていたのか、お前は聞かないのか」

(光秀さん・・・・・・)
振り返ると、聞きたいのだろう、と光秀さんの眼差しが問いかけてくる。

「・・・・・・聞きません」

私は、ゆるく首を振った。

「聞かなくても、あなたがしていたことは、私のため、光秀さんの望む世のために必要なことだったことはわかりますから」

(隠しているのも、私のためを思ってのことだって、わかるから)

「あなたが隠したがっていることを、好奇心だけで暴くつもりにはなれません」

光秀「・・・・・・」

背中に感じる光秀さんの胸に、そっと体重をかける。触れたところから伝わる温かさが、愛おしくて胸が高鳴った。

光秀「・・・・・・お前は、俺にどこまでも甘すぎるな」

どこか嬉しそうな声が、頭上から降ってくる。

「ええ、そうなんです」

振り向いて、抱き寄せると、それより強く抱きしめ返された。

「あ、でもひとつだけ、教えてください」

光秀「何だ」

「明日のご予定は?」

光秀「・・・・・・偶然だが、さきほど空いた」

隠したかった秘密は、隠したままでもいい。
(たくさんの秘密を抱えたあなただから、好きになった。だからすべてを解き明かせなくていい)

そう確信しながら、私は愛おしい温度に包まれる喜びに、そっと目を閉じた------