友には絶対にわからない。






1番愛した人のこと、

出会わなきゃ良かったと思ってしまう苦しみなんか。






もう恨んではなくとも、

1番に愛した人を許せずにいる自分に苦しむ気持ちも。

思い出に苦しめられる気持ちも。


前に進みたくても進めずに躊躇してしまう気持ちも。











あんなに何度も

1人じゃないよって言ったくせに

あんな裏切り方で置いてった。







初めてあんなに誰かに心を開いて、

涙も見せて、信じたのに。

それまでの自分を友の為に変えたんだよ。





だから友達でも良かった、

恋が終わるなら、友達になりたかったのに。



許せないまま…もう友達にもなれない。









こんな気持ちを抱えたまま、

思い出が溢れる場所にいると

何度も何度も思い出と気持ちが絡み合って、息が出来なくなる。









プーケットに行く前日、
誕生日会の帰り道にDVDで女の人の手が震えてるシーンを見た。

その瞬間、
女の人と自分が重なって…



喧嘩や別れ話の時のことを思い出した。

友と付き合ってから、私はストレスを感じる度に手が震えるようになってた。

友のこと以外ではそんなの起きなかったから不思議だった。

そして、それは同時にどれも




とてもとても辛い記憶。















回数は格段に減ったとはいえ、

引き出されたトラウマに、

涙と発作が出て車を停めた。






自分の傷の深さにビックリした。

自分では平気なつもりで、
友のことも恨んでないのに、

そんなことでトラウマが引き出されるなんて思ってもみなかったから(-_-;)






宮崎や他の場所にいる時にはあんまり起きないけど、西宮にいるとどうしてもそうなる。
















プーケットから帰ってきたGW後、

二年半の間、何度も通った道を

半年ぶりに

妹を空港に送る時に通った。







別れてから一度も通らなかった道。

もう二度と通りたくないと思ってた道を通った帰り道、やっぱり泣いた。







多すぎる思い出が

いっぱい溢れて、

息苦しくなって、バラバラなりそうな感覚なって、

家の駐車場に着く頃には号泣だった。










幸せだった記憶と、最悪すぎる記憶が

何度も繰り返される。






こんな苦しさは友には絶対わからない。

友が何を考えてあんなことしたか、私にはわからないように。










時間が解決すると周りは言うけど、


まだ出会えて良かったなんて思えない。






こんな終わり方しかできないなら
あんな幸せなんか知りたくなかった。

最後まで信じてたものが
本当は嘘で、薄っぺらいものだったなんて知りたくなかった。

うわべでしかなかったなんて。











別れて半年でもまだそうだった。

今、別れて8ヶ月が経った。





5月から一度も関西には帰ってない。

だから、
徐々にだいぶ安定してる。





それでもまだヒルクライムの「大丈夫」は聞けない。

一昨日ゆーやといた時に、
ショットバーで隣のお客さんが歌いだした時は固まった。

ゆーやにも正直に説明はしたけど、
しばらくは何を話してたかさえ覚えてないほど動揺してしまってた。





ただ、
けなげに想ってくれる、答えを出さない私のタイミングを待ってくれる
ゆーやが隣にいたから

泣きもせず、発作も起きずに済んだ。







ゆーやのあったかい想いや居心地の良さが、今は傷を癒してくれてる気がする。






あと、どれだけ時間が経てば

全てが平気になるんだろ。




今なら勇気が持てるかな?

今ならきっと話せるのかな、ちゃんと私の言葉で。