前回から少し間があいてしまいすみません。
ようやくフリー話が出来上がったのでUPしますね。
これはフリーだからいつものギャグテイストは控えて甘めにしようと努力したのですが、どうもうまくいかず中途半端になってしまっております。
そんなものですが、よろしければどうぞお持ち帰りくださいませ。



キスの距離



「カーット!!全然ダメ、やり直しだ!」

ロケ現場に苛立った黒崎の怒声が響く。
その彼の言葉ともう何度目になるか分からない撮り直しに、うんざりしたようなため息がスタッフたちから漏れ始める。
まだ雪は降らないもののそれなりに冷え込みが厳しくなっている屋外での、しかも長時間の撮影なのだから無理はない。
そんな中彼は撮り直しの要因を作った相手に向かい頭を掻きながら問う。

「京子、お前は俺と仕事するのは2度目だ。
なら俺の作品がどんなものかは覚えてるはずだよな?」

口調は普通なのに目つきが裏切っている男にそう聞かれたキョーコは、素晴らしく背筋を伸ばし必死に肯定した。

「は、はいっ!黒崎監督の作品はアートでしたよね?!」

「そう、その通りだ。じゃあ次に今回は何の商品のCMでどんなテーマかを言ってみろ。」

返答に頷いた彼がさらにそう促すと、途端に彼女は歯切れが悪くなってしまう。

「それは・・・新商品ののど飴のCMで・・・テーマは・・・その・・・甘酸っぱいキスです・・・。」

「ちゃんと分かってるじゃねーか。
それならもちろん今回は“kissのど飴”の商品名と味に因んで、視聴者にこのCMで甘酸っぱい自身の初めてのキスを思い出させて商品を印象づけることが狙いだというのも分かってるはずだよな。
なのにお前さんときたら、彼氏役の敦賀君が迫ってきた途端ガチガチになって色気も何もないときてる・・・。
いいか?何度も言うようだが俺が撮りたいのは端から見たら焦れったく感じる程もどかしいキスシーンであって、固まった彼女とどう手を出していいか分からず途方に暮れる彼氏なんて絵面じゃねぇんだよ。」

度重なるリテイクの理由を当て擦られ慌てて口を開こうとしたが、何を言わんとしているか察した黒崎が顎鬚をさすりながら彼女を制した。

「謝罪なんて意味ないものをされるよりも、今言ったことを踏まえてもう一度どう演じるかを練り直してくれた方が俺としてはありがたいんだがな。
・・・それはそうと敦賀君、ちょっといいか?」

小さな声ではいと呟いたキョーコから横に視線を移し、彼は今まで口を挟まずにいた彼氏役を呼ぶ。
手招きされた蓮は一瞬気遣わしげに隣を見るものの、声をかけたりはせず黙ったまま黒崎の後を追っていった。
そうして1人残された彼女は離れた場所で話している2人を見ながら思わずため息をついてしまう。
だがすぐに何かを吹っ切るように頭を振り集中するべく気合を入れ直すと、今度こそはと決意新たに撮影に臨むのだった。


まだ点いていない街灯の下にポツリと佇む1人の少女。
しきりに時計を気にしている様子から、どうやら人を待っているらしいことが窺える。
そんな彼女がもう一度時刻を確認しようと俯いた時、不意に後ろから伸びた腕が華奢な体を包み込んだ。
突然のことに驚いて体ごと振り返った少女が目にしたのは待ち合わせてる青年の姿で・・・。
瞬く間にその表情は花が咲いたような嬉しげな笑顔に変わった。
そんな恋人の可愛らしい微笑みを間近で見せられた青年は、一瞬目を瞠ってから抱きしめる腕を緩めゆっくりと顔を近づけていく。
だが途中で彼女の体が緊張で強張っていることに気付き、苦笑しながら額に口付けを落とし少女にだけ聞こえるよう耳元で何か囁きかける。
それを聞いて頬を染めた少女はしばし逡巡した後に小さく頷くと、目を閉じ彼からの唇へのキスを受け入れた・・・。


「カーーット!よしOKだ。
予定とは違うがいい演技だったぞ、2人とも。」

ようやく出たOKの声に、現場の空気は一変して和やかなものに変わる。
そんな中黒崎は人の悪そうな笑顔で2人に向かい口を開いた。

「ったく・・・あんだけ散々撮り直しだったってのに、本筋を変えないなら好きなように動いていいと敦賀君に指示出した途端一発OKかよ。
一体どんなことを囁いて京子をその気にさせたんだかな・・・そこのいかにも手練れた感じの彼氏さんは。」

からかいが含まれたその言葉に少女は元から赤かった顔のみならず全身を真っ赤にして逃げ出してしまい、蓮はどんなに聞かれても微笑みながら内緒だと繰り返すばかりだった。
そりゃ、言えないのは当然だ。
2人がリアルでも付き合い出したばかりなせいでキョーコが変に意識してリテイクだらけだったことや、そんな彼女に彼が“ここから先は演技じゃなく君のファーストキスをもらうよ”と本音だだ漏れな耳打ちをしていたことなどは・・・。
だが勘のいい黒崎はある程度は悟っているようで、ずっとニヤニヤ笑いを崩すことはなかったのだった。

数日後流れ出したCMは狙い通り商品を印象付けることに成功しシリーズ化が決まったのだが、その撮影時には必ずといっていい程黒崎にからかわれ疲弊した2人の姿が見られたという。
もっとも撮影がスムーズにいってるからこその光景だから、ある意味平和と言えるのかもしれない・・・あくまで当事者以外にとってはだが・・・。



おわり



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