セイゴウ先生に刺激を受け、十戒を見てみた。宗教関連で連投ですな。
十戒 [DVD]/チャールトン・ヘストン,ユル・ブリナー,アン・バクスター


ユダヤ教からキリスト教が生まれ、そのキリスト教が今や巨大な宗教となったわけであるが、過渡期では御存知の通り、ナチズムなどユダヤの人々の残酷な歴史から、現在ではパレスチナ問題など、世界を理解するにはどうしても宗教を理解する必要がある。
僕自身、宗教というものを本質的に理解できておらず、信心深い人たちとの間で、宗教に対する「文化感覚距離(プロクセミックス)」に悩まされてきた。これでは信仰する世界中の人を根底から分かり合うことができないので、たとえ理解できずとも、せめて本や映画で、学ぼうというわけだ。

誰でもモーセが「十戒」という映画で海を真っ二つにするシーンはご存知だろう。
ユダヤ教の成り立ちがこの「十戒」にも出てくる「モーセ五書」に起因する。日本史選択した人のためにw少し詳しく話すと、エジプトで奴隷とされていたユダヤ人を導き、40年近くさまよい、ヤハウェ(エホヴァ)の神に出会い、そこで十戒を授けられ、神と「イスラエル」という国を保証する契約を結ぶ。そして「イスラエル」で十二の部族からダビデ王が登場し、ソロモン王へと物語は続いていく。

さて本題の映画(←詳しいストーリーあり)に移ります。この映画、物語としては非常におもしろいんですが、かなり編集されていた。まぁそこに見る価値があるっていうもんか。
序盤から中盤までは神秘的な要素は何もなく、展開されていく。そう、シナイ山の頂で、光の中から神からの啓示を与えられるまでは。そこから神の力を持つようになったモーゼはエジプトに戻り、ヘブライ人を解放するように求める。頑ななファラオは首を縦に振らなかったが、モーセが神からの10の災い、例えばナイル川の水を血に変えたり、ぶよやあぶ、いなごの大量発生、疫病、そして3日間全土に暗闇に包み、エジプト中の全ての第1子が死亡するなどが起こり、結局ファラオは奴隷を自由の身とした。まぁそのあと火柱を出現させたり、海を真っ二つにするから訳ないか。

要点は何か。いや僕が感じたことは何か。そもそも僕から見る宗教とは何か。

1.ひとつは前回のエントリーでお話したもの。一神教をもつ人々の異教に対する考え方だ。
「西洋で生まれた多くの宗教には同じように善をこちら側、悪が向こう側という二分法を有し、排他的な社会観を生んだ」と述べたが、この事実をモーセもファラオも各々のセリフで証明している。

「我らの神の勝利だ!」とモーセは言う。
「奴隷の神はホンモノだ。」とファラオは言う。

そのどちらも、まぁ至極当然なんですけど、互いの神を競い合わせている。一神教だから当たり前やろがぁ!って話ですが、こういった感覚が言葉として始まりから終わりまで如実に表れていたので、八百万の神やら仏陀やらいろんなものが入り交じってできた僕にはやぱ新鮮だった。

2.もうひとつは僕の宗教に対するしょーもない見方。
僕は自分が宗教についてアウトサイダーであると認識している。
いくら理解したくても、無意識的に培っていく宗教的なプロクセミックスなんてわからない。
アウトサイダーであるからこそ、誤解を恐れず、いろいろ書きなぐろう。

僕にとって宗教とは理性や論理のcounterpart。
僕にとって宗教とはある集団にとって共有できる少ない価値観のひとつ。
僕にとって宗教とは人類史上最も大ヒットした物語であり、陳列された商品である。


この世には論理では説明のできないもの、したくないもの、してはいけないものがあってもいいと思う。科学のように分割していけば答えが見えるなんてことばかりではなく、枝ではなく森を見るような、遠くからぼんやり森を見ることで、違う何かを発見することもあるとおもう。その担い手のひとつが宗教であると思う。宗教と科学が対比関係にあり、かつ必ずしも完全に対照しあってない関係であるから、どちらかに偏ることも都合のよい解釈や選択もすることができた。
特に宗教ってのは科学と違って解が明確でなくてもいい、つまり編集可能なものであるので、人々にウケるものを生み出すことは困難ではなかった。ここでやっぱり民衆が気に入らない宗教は廃れていくし、時代とともに編集を重ね、人々の心を掴んで放さないロングセラーとなる宗教もでてきた。この感覚はビジネスに近いものがあると感じてしまうし、どうやってそんな数千年もロングセラーをたたき出せるのかって言うふうに見てもおもしろいと思うのは不謹慎かな。

こんな斜めから見たら、信心深い人に叩かれるだろうが、これもひとつの見方であり、アウトサイダーが編集すると、きっと似たようなもんでなるかも。友人たちにも聞いてみてぇー。

何はともあれ、世界を100人に凝縮したら、35人がキリスト教信者、19人がイスラム教信者、14人がヒンドゥー教信者、6人が仏教信者となるので、やぱ彼らと交わる中で少しでもその感覚をかみしめていきたいな。またアウトサイダーというか日本人の宗教観ってのも知りたいな。戦争の反動か宗教を語り合うことをしてこなかったから。バカになって多くの人と話していくか。