「弁慶さんの初恋の人ってどんな人でしたか?」

 

とある昼下がり。

縁側に隣り合って座っていた望美が、突然そんなことを聞いてきた。

 

「初恋・・・ですか?それはまた急な質問ですね。」

「えっと。・・・あのう・・・ふと気になって。」

 

本人はあくまで何気ない風を装ってはいるが、

ちらりとその表情を横目に窺うと瞳が頼り無さ気に泳いでいる。

こういう話に興味をもつというのはやはり年頃の少女だなと微笑ましく思う。

普段どんなに強気で、戦場に赴き先陣きって戦っているとはいえ、

本来は平和な世界で友人と笑い合っていた身だ。

たまにその事を思うと痛々しくもある。

 

「ふふっ、僕のこと、知りたいですか?」

 

そう言ってどこか思わせぶりに微笑むと、瞬時に顔を真っ赤に染めて視線をそらす。

一生懸命弁解の言葉を言いかけては口ごもる様子に、心の中でこっそり笑った。

可愛い人だ。

そう素直に思う。

辛いことも沢山あって、ふせってしまえるものならばいっそその方が楽な立場に立たされているというのに、

残酷な運命にけして背を向けようとはせず、

いつも強く、気高く、そしてどこまでも純粋な心を持っている。

こうして戦いから離れてしまえばこんなにも普通の少女なのに・・・

否、普通だからか。

気がつくといつも彼女を目で追っている自分がいる。

いつの間にかこの少女強く強く惹かれていた。

そのことに最初は戸惑いもしたけれど、この想いさえも運命だというのなら

たとえこれからたどる道がどんなに暗く非道なものであったとしても、

この想いを忘れないでいたいと思う。

断ち切ろうとしなかったわけではない、けれど断ち切ることができなかった。

それならば、胸に宿ったこのあたたかな想い一つ大切に抱いて堕ちていくのもいいかもしれない、と。

 

「あの、弁慶さん?」

「ああ、すみません。初恋の人、でしたね。」

 

急に考え込んでしまった弁慶を不思議に思った望美がおそるおそる顔を覗き込むと、

はっと顔を上げてからまたいつものように優しい笑顔を浮かべた。

 

「望美さんの初恋の人は教えていただけないんですか?」

 

茶化すように言うとほんのり赤く染まった頬を膨らまして下を向く。

 

「もぅ。質問に質問で返しちゃだめって、言ったの弁慶さんじゃないですか。」

「そうでしたね、でも僕は君のことなら何でも知りたいものですから。

それが恋の話ならなおさら、ね。」

「ま、またそうやって・・・。」

 

いつまでたっても慣れることの無い弁慶の巧みな話術に翻弄されつつも、

負けず嫌いな望美としてはこのまま引き下がるのはごめんこうむる。

かといってこれ以上追求していくのも気がひけたので、

小さく だめですか? とだけつぶやいた。

 

「え?・・・ああ。すみません。君の反応があまりに可愛らしかったから、少し言い過ぎましたね。」

「あ・・・ぅ。いえ。」

「いいですよ。それで君が満足してくれるのなら。」

「えっ本当ですか!!」

 

ぱぁっと表情が明るくなる望美にもう一度うなずく。

初恋 それは今の自分が口にすると嘲笑が自然に出てきそうな単語ではあった。

初恋なんて自分にとっては面白い話ではないし、思いだそうとしたことも無いが

そんなことで望美が楽しめるなら別に話すことが嫌なわけではない。お安い御用だ。

「僕の初恋の人は・・・」

 

そう言いかけて弁慶の表情が固まる。

期待と、そして少し見え隠れする不安のようなものに満ちていた望美も訝しげに首をかしげている。

 

初恋の、人。

女人禁制の比叡で若い頃の大半を過ごし、山を降りてからは荒れ放題であった。

とはいえ恋をしたことが無いわけではない。はずなのだ。

現に朧気にではあるが誰かを深く愛した記憶が胸に残っている。

しかし、記憶にこれっぽっちも残っていないのだ。

まるでそれだけがぽっかり抜け落ちてしまったかのように。

 

「あの。」

「すみません。今日はお預けということで。」

「ええぇ~、どうしてですか?」

「もうすぐ夕食の時間ですし、その前にやらなくてはいけない事を思い出したので・・・

今度必ずお話しますから。」

「ん~仕事なら仕方ないですよね。でも今度絶対話してくださいね!」

「ええ、もちろん。それでは失礼します。」

「お仕事頑張ってくださーい。」

 

笑顔でそう言う望美に微笑みつつ立ち上がる。

けしてわがままを言わない望美には 仕事 という言葉を出してしまえば無理に話を続けることは乞わない

それを申し訳なく思いはしたが利用して、とりあえずこの場を抜けることに成功した。

 

突如、一陣の風が吹き。望美の長い髪をたなびかせた。

一瞬、ほんの一瞬だったが、その望美の姿が誰かに重なる。

 

「わ。なんか今のすごい強い風でしたねぇ。」

 

驚きに声を弾ませながら髪を整える望美を呆然と見つめ、言葉を失う弁慶。

 

今のは・・・?

 

「?どうかしましたか?」

「・・・いえ。何でもありません。すごい風だと思っただけです。」

 

そうして望美に別れを告げ京邸を後にする。

先刻の 誰か を振り払うように頭を軽く振ってから歩き出した弁慶の目には

それでも、いつまでもしっかりと誰かの姿が焼きついていた。

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弁×望長編のプロローグになります。

無断転載とか禁止です・・・って書くもんなのか?

というか、言ってくれさえすれば持ってってくれてもいいんですが

別にだれもこんな駄文ほしくないだろうし~というか読んでくれる人いるのかって感じですが。

いいのです。こんなん自己満足だって自覚してるし。うふふ。

自己満足シリーズは今後どんどん増える予定。です。

文句とかあればどうぞ。あまりに不快を訴える方がいたら消し去ります。あっはっは。

あ、創作は色変えるんで嫌な人は読み飛ばししてくださいな。