暁の空を映して薄らと燃える海水は、まるで歌うように、踊るように、揺らいで音をたてていた。

目の前に広がる新緑は懐かしい熊野の森だ。

そしてその地には愛おしい女がいる。

 

取引で長く家を開けると言ったとき、望美はただ一言行ってらっしゃいと言った。

我侭はけして言わないとはじめからわかっていたし、

そんな望美だから好きになったのだが、なんだかその笑顔が痛々しく見えた。

「さみしいかい?」

と少しからかうようにつとめて明るく聞くと

「お帰りって、真っ先に言わせてね」

と微笑んだ。

 

「ああ。」

 

望美の言葉を思い出しながら波の音に耳を傾ける。

航海の間は心地良かった。

この仕事は嫌いじゃない。熊野を守ることも。

だから家を開けて遠出をすることにも抵抗は無かった。

望美が待っていてくれるから。俺はどこにでも行ける。

それは、依存する関係ではなく、支えあっているわけでもなく、

ただ、互いを必要としているのだ。

愛している。愛されている。それだけのことだが、熊野の男たちにはそれが全て。

待つ人がいるということ。

 

港に船がつくと、沢山の女子供が待っていた。

しばらくぶりの愛する家族との再会に、あちらこちらから暖かい声が飛んでくる。

「別当!お帰っんむごっ」

「悪いね、迎えの第一声はもう予約済みなんだ。」

赤ら顔を弾ませてやってきた男の口を手でふさぎ、頭のうえに袋をのせた。

「土産。奥さんによろしく。」

「へい!ありがとうございます!!別当殿も神子殿と・・・」

 

叫ぶ声は辺りの喧騒にかき消され、最後のほうは聞こえなかった。

それでも言いたいことは伝わった。

姿は見えているだろうと背を向けつつもパタパタ手を振って家へと急ぐ。

海の上では一度も寂しいなんて感じたことは無いのに、

もう帰るだけとなると途端に会いたいという気持ちが強くなる。

あとどれくらい、あとどれくらい。

そう頭の中で繰り返しながら足を前に前にと踏み出す。

いつものことだ。

  

「ヒノエ君っ!!」

「!望美!!」

船がついたのを誰かから聞いたのだろう。  

遠くから走ってくる望美の姿を見つけて、こちらも走って抱きしめたいのを我慢する。

これもいつものこと。

そうしていると望美が思い切り抱きついてきて、少し間があってから名残惜しそうに離れた。

「ヒノエ君、お帰りなさい!!」

「ああ、ただいま。俺の姫君。」

  

日常的で当たり前な一言だけど。俺たちにとってはとても大きな一言。

海水の匂いをさえぎって、ふわりと望美から香るなつかしく愛しい匂い。

それが離れて向かい合ったときにくれるお帰りの言葉。

毎回恒例で、毎回の楽しみでもある。

強く求め合い、愛し合うこともいいけれど、

こういった日常にこそ深い愛を感じることが出来る。

 

「お帰りって言えるのは、幸せだよね。」

 

いつだったか望美がぽつりとこぼした一言。

平和な世界から急に運命を叩き付けられて、戦火の中にほうりこまれた。

そんな日々で一番辛かったことは、

見送った相手がもう二度と帰ってこなかった事だと以前教えてくれた。

だからこそ、幸せな世になったとはいえ、この一言は望美にとって大きな意味を持つのだろう。

 

「先に教えておいてくれれば良かったのに。帰ってくること。」

「予定は変わるからね、約束して遅れたら格好悪いだろ?」

 

遅れると望美が心配する。

胸を痛ませることになるような事は言いたくなかった。

その気持ちをわかってか、そんなことないけどね、と笑いつつも、それ以上は何も言わなかった。

 

並んで家路に着く。

お帰りの言葉を真先に聞けたというそれだけで、

隣で望美が笑っているというそれだけで、

こんなにも幸せ。

我ながら腑抜けたものだと苦笑しながらも、けしてそれは悪い気持ちではない。

暗くなってきた夜道を、会わないでいた長い時間分の話をし繋ぎながら歩く。

二人の道しるべのように、夜空にはたった一つの星が、キラキラと輝いていた。

 

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

「ヒノ望ED後、航海から帰ってきたヒノエ。」 というリクでした。

ごめんなさい。リクにそっていない自覚はしてます。

しかも相変わらず私が書くやつは展開が無理やりです。orz

というかこれ裏リクだったんですよね~あはは;(逃)

いつか書きますいつか・・・;そのときは個人的にメールででも;

 

そして弁望も途中という悲劇。むしろ喜劇。

 

それではアズマさん。こんなんで非常に申し訳ありませんが。

リクエストどうもありがとうございました!