実はこの何日か更新できなかったのは…最近更新していないから、心配されていないでしょうね
fbは更新していたのですが…
とにかく、更新できなかったのは、義母のお姉さんが亡くなりました。
伯母には47歳になる障がいを持つ息子さんがいます。
ジストニアと言う、脳性まひに似たような症状ですが、知的に遅れはなく47歳ですから当時ノエルが通っているような支援級や支援学校が、平等にされていなかった時代。
伯母は息子さんの能力を学歴がないのは悔しく、普通級で小・中・高と通わせ、大学も受験し卒業させたお母さん。
その歴史には、本当に言葉では言えないくらいの大変さがあり、私をいつも力ずけてくれました。
そして、私にだけそっと”私の苦しみを、本当に分かってもらえる人が出来たわ”と、私に涙ながらに話してくれました。
今ノエルが学歴を頂けるのは、この年代のお母様や子供達の努力があったからだと、心から感謝しています。
…でも、残念なことに、高学歴がある息子なのに、変な部分は障がいを理由に甘えてしまった息子。
親の死を前に、親離れ出来ていない息子。
ノエルと比べたら、エリートの中のエリート。
でも、精神的には弱く自立出来ていなかった。
伯母が危篤の状態の中、泣き崩れる息子を病室から出し、一喝してしまった私。
ノエルには、彼の姿を見せたくなかった。
何でも出来るおじちゃんが、大泣きして母親から離れられない…ご飯が食べられないと駄々をこねる。
頭は良くても、生活の自立・精神面での自立を目指さなければいけないのだと、本当に伯母の死を通して勉強させてもらいました。
いつも子供達を可愛がってくれて、私の理解者でもあり、良き先輩ママでもあった伯母。
私が死ぬ時、ノエルには泣いたとしても、年齢に応じた悲しみをして欲しいと強く感じました。
ノエルは通夜・葬儀と参列させましたが、おじちゃんに頑張れよ!と言わんばかりで肩を何度も叩いていました。
彼は”ノエルに励まされちゃったよ…逆だよな!”と葬儀のときには、立派な紳士に変わっていたので、安心しました。