■理想の夜・現実の朝(中編)


昨夜はテレジャパの放送開始50周年パーティーが華々しく開催された。


挨拶廻りも終わって、義理も果たしたかな?と思う頃、蓮は探していた少女を見つけ、かすかに顔を強張らせた。


そのわずかな気配に社が気づき、視線の先を見るとキョーコが数人の男に取り囲まれている。

それだけならパーティだし仕方ないと言えるのだろうが、囲んでいるメンツがいただけない。


先日キョーコがバラエティで共演した、それなりに売れている男とその取り巻き芸人たち。

女癖が悪いと評判な上、泥酔させたところを関係を持ったやら少々犯罪めいた噂もちらほら社は耳にしていた。


キョーコを取り巻いている男たちが少し動いて、キョーコの様子が見えた途端動き出そうとした蓮を社は制し、自分が歩み寄った。



「おはようございます。本日は京子がお世話をおかけしています」

「えっ?」

一団は少し険が混じった怪訝な顔をした。

おそらくキョーコにマネージャーがついていないことも知っての上の行動だろう。


「私、LMEの社と申します。普段は敦賀の専属マネージャーですが、このような場では京子の面倒もみる事になっていまして」

ご挨拶が遅れて申し訳ございません。と頭を下げると、若手№1俳優のマネージャーとしって慌てて挨拶を返す。


「先日の番組でご一緒させていただいたんですね。京子が何か粗相でもしてませんか?」

大丈夫ですよ。と口々に返す男たちに笑みを返して、キョーコに向き合う。

「よい方たちと仕事ができてよかったね」


いつもとずいぶん違う社に少し硬くなっていたキョーコもニコニコ笑う。

「そうなんです。すっかりお世話になってしまって、今日も飲み物持ってきていただいたりして…私立っているだけで申し訳ないです。」


「そのジュース?」

「はい、シチリアの方のオレンジジュースなんて私初めて飲みました。」

キョーコの手にはブラッディオレンジのグラス


「あ、ドレスに…ジュースかな?飛んじゃってる。拭いた方がいいね。それ持っとくよ」

社に促されてグラスを渡し、慌てて汚れた場所を確認するがそれらしきものがない。あれ?とキョーコが思った時、息をのむ気配がした。


顔を上げると


キョーコがさっきまで飲んでいたグラスに口をつける社

それを見て顔色を失う男達。


社らしからぬ行動に固まっていると、社はニッコリ微笑みながら一団を見渡し、キョーコの方を向いた。


しかし、その眼は笑っていない。


「京子。これ何杯目?」

「え、2杯目ですけど…?」

「こちらの方々に持ってきていただいて?」

「は、はい。そうです」


社はもう一度男たちに向き合った。

ブリザードが作動しているのか、一同は固まったままだ。


明らかにアルコール。


しかもかなり度数の高い。


こんなものをソフトドリンク用のロンググラスで2杯も飲んだら1時間もしないうちに立っていることもままならない状況になるだろう。

現にもう酔いが出始めている。男たちが取り囲んで隠していたが。



「京子はまだ18歳でして」


明らかに未成年

だまして飲酒させて、その後どうするつもりだったのか


「至らないところがあるかと思いますが、これから教育していきますのでよろしくお願いいたします。」


うちの大事な金の卵に。

虫唾が走る


「今後のことで色々ご相談したいこともありますので、ちょっと別室で…よろしいですか?」


LMEから逃げれると思ったら大間違いだ。



「おーい、れーん」

ここで、社は朗らかに蓮を呼んだ。


「時間がちょっと押している。お前酒飲んでないだろ?京子を乗せて先に事務所に行ってくれ」

「そうですね。わかりました」


この後事務所に用なんてないキョーコは動揺したが、社の雰囲気はそんなことを言い出せる雰囲気ではない。笑顔のままで発するオーラに怨キョが大量発生している。

近づいてきた蓮も顔は穏やかだが、やっぱりキョーコのセンサーは怒りMAXを示している。


(敦賀さんと社さんのダブルなんて、はじめてよぉ~。どうしよう)


あれよあれよという間にクロークに預けていた荷物を受け取り、地下の駐車場に連れていかれる。



蓮は駐車場の自販機で水を3本ほど買うと後部座席のキョーコに手渡した。

「これ、できるだけ沢山飲んで」

「えっ?」

有無を言わさぬ態度にボトルの開け口をつけると、蓮は携帯で話し始めた。

どうやら社らしい。

通話が終わると、蓮は車を出した。


「あ、あの…」

向かっているのは事務所ではない。どちらかというと


「この道、敦賀さんのマンションの方角じゃ…」

「最上さん」

「はっはいっ!」


赤信号で停まったタイミング、蓮は振り返り告げた

「さっき飲まされてたの、酒だから」


「えっ?」

「あきらかに酔っている未成年を、人の出入りが激しい事務所や、だるまやに連れて帰る訳にはいかないよ。俺のマンションで酔いを醒ました後で送るから」


「えっ?」

信号は青に変わり、蓮は前を向いた。


キョーコは水を機械的に口に運びながら考える。


あれがお酒?

だるまやで出しているお酒の匂いなんて全然しなかったあれが?

会場の熱気や緊張のせいで火照っていると思っていたのも、酔っていたから?

慣れないヒールで歩きにくいと思っていたのも、お酒のせい?


キョーコの血の気が引いていく


未成年が酒を飲むというスキャンダル

椹に注意するよう言われた“悪い噂”

“女の子を酒で酔わせて無理矢理”なんて、確かに怖いと思った。でも自分は未成年で酒を一緒に飲むことはないからと、会ってみたら人当たりのいい楽しい人だと…油断していた。

そして、蓮や社に迷惑をかけた。これから事務所にもかけるかもしれない。

最悪、居場所を失うかもしれない。


地の底で思考のループにいたキョーコが蓮のダメ息で我に返ると、そこは蓮のマンションのリビング。


慌てて謝ろうと口を開きかけたが、蓮の言葉の方が早い


「さっきのがどういう状況かわかっているよね?それに彼らの噂はジャンルの違う俺の耳にまで入ってた。椹さんが最上さんに伝えていないはずはないよね」

「すいませんっ。聞いてました」

「今回は相手が悪質すぎたとはいえ、気をつけないと」

「はい!」


「君は女性なんだよ。もっと自覚持たないと危なくて仕方ないよ」


いつものキョーコなら土下座して謝っている状況。


しかし、キョーコは酔っていた。


(女性?)


キョーコの地の底へと向いていたベクトルは反転する。

いや、逆に地の底を突き破って反対側に飛び出したのか。


キョーコの中で何かがプツリと切れた。




(続きます)