『高原諏訪城 現地見学会』 | kai遊録

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日本国内の城郭を回遊してます


H25/5/12(土)に雨の中、甲賀の城攻めをした日(詳細はコチラ雨が・・・。



飛騨で唯一の国指定史跡である“高原諏訪城”の見学会が予定されていました。




(江馬氏館、高原諏訪城ほか複数の城で国指定史跡に登録されている)


ところがその日は飛騨も雨で、見学会はH25/6/2(日)延期になったそうです。



・・・ってことで、行って来ました飛騨国合掌造り




早駆けして(内容は後日)


「ここを早駆けすればよかったなー」と神岡城の模擬天守を見ながら、おにぎりモグモグしてたらaya


「kaiさーん、佐伯先生です」とフォロアーさん。



越中の図面って言えば佐伯先生(の図面)と言っても過言じゃないのお方!



GWは(勝手に)大変お世話になりました~!などと思いながら(詳細はコチラ


「本日は宜しくお願いします」とご挨拶aya



驚くほど、気さくな方でした!




それから“増山城 解説ボランティア 曲輪の会”の方もいらっしゃってて、


なんと城ガール隊のブログにコメントを下さった方でした!


素敵な出会いが続いて、お城見学の前から感動







見学会に集まったのは15名ほどで、


曲輪の会のほか飛騨市(?)の史跡研究の3つ団体の方ばかりでした。


一般人は私とフォロアーさんの2人だけびっくり!汗。〇(場違いな気が・・・)





高原諏訪城はすぐ近くまで車で行ける城です。


(専用駐車場はないですが道路脇に車4台停められました)





詳細レポじゃないけど、特に印象に残った2つの遺構を紹介します。


(※解説、考察はすべて現地説明会で得たものです)


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3本の連続堀切



1本は道路になってしまってますが、3本の堀切がズバズバっと入っています。


飛騨で3本以上の連続堀切を持つ城はこの城だけだそうです。



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同上 



堀切というのは、進入を阻止するのに効果的ですが、


反面、城を分断してしまうというデメリットがあります。




上の写真には見張り台と思われる曲輪がありますが、


ここに配属された兵士を救助するルートがなく、「俺のために死んでくれドクロ」状態です。


(平常時には橋などが架かっていたでしょうが、臨戦時には落とされただろうとのこと)



織豊系の城にはちゃんと兵士を収容するためのルートが築かれており


それが戦国大名と地方豪族(領主?)の築城技術の違うところです。






この城で1番の見どころは


「大堀切をを隔てて南北で造られた時代が違うということ。



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大堀切を降る 参加者さんたち            攻城なう!



時代が古い方には曲輪に虎口がないんです!


虎口って曲輪の出入口だからそれがないってどゆことー?



さながら現在の増山城の安室屋敷(あぢちやしき)のように、


主郭にも梯子のようなもので出入りしてたってことでしょうか?





新しいほうはというと、こちらも虎口らしい虎口はありませんが、


ルート(導線)と横矢掛けを意識した造りになっていましたいて座



(詳細レポはもう一度、取材来訪してからのUPにするので、いつになるか私にもわかりませーん・・・)






高原諏訪城見学のあとは、麓にある“江馬氏下館”を訪れました。





参加者さんにここの職員さんがいらっしゃって、発掘調査のエピソードや解説をしてくださいました。




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江馬氏館 と 高原諏訪城(奥の山) with 参加者さんたち





このアングルで撮ると「江馬氏館と高原諏訪城は根小屋の関係なんだなキラン!って思いますが、




違います爆弾







佐伯先生はじめ、城郭研究の先生方もそう思われたそうですが、



高原諏訪城が使用された時期と江馬氏が存在した時期があわないそうです。



しかも江馬氏のお殿様、この館の堀を自分で埋めてどこかへ行っちゃったとか。




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庭園





庭園の良し悪しってよく分からないけど、


こーゆーのはインスピレーションで感じるもので言葉はいらないですよね!



(ただ単に言葉知らずというか表現力や文章力がないともいう)








高原諏訪城見学会はここまで~!



このあと時間の許すメンバーは小鷹狩城へ向かいました。



その話は単騎早駆けとあわせて後日します。




■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □




今回の見学会に参加して非常に興味深かったのは


「攻城ルートと防御思想」


「織豊系と地方領主の築城の違い」 です。




説明を聞きながら「なるほど!」「面白い、すごい」とは思ったものの、


ちゃんと理解できてないから(説明下手&語学力がないのも手伝って)説明ができない





もちろん常に「攻城ルートと防御思想」について興味は持っていますが、


そういうことを想像できないので、


遺構をみて「すごーい!!」とはしゃぐ、いわば“遺構オリエンテーリング”が主になっています




そういう楽しみ方が悪いとは思いませんが、



「どう守って、どう反撃するか」という視点で見ると、1つステップをあげられるのではと感じました。





それをより感じ取る方法は「縄張図を自分で描く事」だと先生は仰いました。




縄張図を見ただけでは分からないことがある



縄張図を描く事で初めてわかることがあると・・・。





これもフォロアーさんに言われたことがあり、「縄張図を描いてみたい!」とは思っていますが、


描こうと思ってすぐ描けるものじゃありませんし・・・







あと参加された方が地元の増山城や亀山城と高原諏訪城を比較して質問されているのをみて、



「比較がもっとも勉強になる」とフォロアーさんが言っていたのを思い出しました。



「何回行っても飽きない」っていう城を持っている人が多いですが、私はありません。


(あるにはあるのですが、県内の城じゃないので滅多にいけない・・・)


1時間半以内に行けるところで、そういう城を見つけたいなと思いました。