こんにちは。

フォトセラピスト 中野さちえです。

 

 

あなたは、あなたの父親との関係を

どのように感じていますか?

 

 

わたしの心には父はいませんでした。

 

父親は実在していたけれど、

わたしの中には存在していなかったんです。

 

 

今日はわたしのFacebookの記事を紹介します。

 

 

父の10回目の命日にあたり、

わたしの子ども時代のことを書いたところ

同じような境遇の方からの反響があったので

こちらでもシェアします。

 

 

 

↓6月9日の投稿

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今日は父の命日。
早いもので、もう10年が経ちました。
 
10年はキリのいい数字なのか、
父に対するわたしの気持ちにも
区切りがついた今日この頃。
 
ちょっと暗いですが、
自分のことを語ってみようと思います。
 
 
わたしが育った家庭は、
いわゆる「機能不全」。
 

 
毎日両親が言い争って、
時に暴力があり、流血騒ぎもあり。
 


とにかく毎日、父が酔っぱらっていました。
 


そんなもんだから
わたしの中の父は「悪人」。
 


ただ「おとうさん」と呼ばれる
どうしようもない他人が
家族にいたという感じでした。
 

 
早くいなくなってほしいと
常に思っていたくらいです。
 

 
だから父のお葬式では
涙なんて一滴も出ず。
そんな自分の薄情さに
罪悪感を覚えたりもしました。
 

 
私には「形だけの父親」しかいなかった。
そんな感じです。

 

 

考えてみれば
自分の中に父親という存在が
ずっと不在だったんですよね。
 

 
それがわたしの
深い悲しみだったんだと。
 

 
なおかつ
その悲しみに気づかないように、
感情に蓋をしていたことを、
つい最近自覚しました。
 

 
これまでは
「あの人だって大変だったんだ」と
自分に言い聞かせることで
父を許そうとしてきたけど、
そういうのは自分の気持ちに
嘘をついているだけだった。
 

 
許すべきだったのは、
父を父親と思えない深い悲しみを
自分が持っていることだったんです。
 

 
それに気が付けた時
「ああ、そうだったのか」
「わたし、父がいなくて悲しかったんだ」
と、驚くほど波のない気持ちで
静かに受け止めている自分がいました。
 

 
否定でも肯定でもなく
許すって、
こういう感覚なのかな。
なんて思ったのでした。
 

 
そこから
他界してもなお持ち続けていた
父との感情的なもつれが
やわらいだ感じがしています。
 

 
悲しみを感じないように
封印するために使っていたエネルギーが
今の自分に戻ってきたような感じで。
 

 
自分のやるべきことをやろう。
って、立ち上がる力が
少しずつ湧いてきています。

 

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