前回は→その6
【日本人にとって何れ位コメが大切か分かる話】
~古代の日本では米は神様から借りたものという意識が有りました~
当時の日本人にとって米は生命に直結する貴重な存在とされていました。
【初穂料の意味】
現在の私達が神社で厄払いなどをしてもらう時に、納めるお金の事をを初穂料と言いますが、聞いた事が有る方も多いと思います。
初穂料・・・・一体なんで初穂料と言うのでしょうか?
【初穂に込められた重要な意味】
日本人が米を作るのにあたって、初穂とは「その年の最初に収穫された稲の事」ですが、神聖なものとして神に捧げられ神聖な倉に貯蔵されました。
初穂に特別の意味が込められました。、その名残で初穂料とおいう言葉が残っているんです。
この豊かに実った神聖な初物の稲ですが、その稲はどうするかというと・・・・・
次の年に、特別な能力を持つものとして翌年作付けの時に貸し出され、収穫が終わると富をもたらしてくれた神へのお礼として借りた種籾に利息分をつけて倉に返されました。
~以上~
こうして代々初穂を収め、次の年に使用し、そしてまた豊かな実りを迎え・・・・・・
お礼の利息分としての米を付け加えて倉に返却されたのです。
ここで気が付く事は、次の年に初穂を貸すということは、米という品物が非常に保存性が高い事です。
この米の保存性の高さを利用してお金の代わりになってきたという経緯が有るのです。
だからお金=米を収める、つまり初穂料を収めるという言葉が残ったと容易に推察できます。
米と神社の密接な関係を現す言葉は他にもあり、皆様はどなたも祠という言葉を聞いた事があるかと思います。その祠とは・・・・・
【神社の祠という言葉も実は米由来だと知っていましたか?】
富山和子氏の「日本の米」によると、神社にある祠の語源は「穂倉」であって、倉庫としての性格を備えていたといいます。それが国家の体裁を整える過程で政府の米保管庫と変わっていったのです。
※穂倉→ほこら→ほこら→祠という訳です。
さて今日は神社の初穂料、祠(ほこら→ほくら→穂倉)という稲作との密接な関係を述べました。つまり神社とは古代の日本の社会において米作の起点となり、そして米作を見守り、豊かな実りという結果が出た事を神に感謝する場所で有った事がわかります。
※当時の元来の神社の神様とは、日本書記あたりだと稲霊(いなだま)「倉稲魂」(うかのみたま)、「豊受媛神」(とようけびめのかみ)、穀霊神の大歳神(おおとしのかみ)
民間では、こうした農耕神を一般に田の神と呼称してきたが、地方によって色々な名前で同じものを読んでいる。
つまり、神社は何だかんだ何とか神とか名前が後世に出来てきたという経緯が有りますが、単純に稲作もしくはアミュニズム由来の神様が鎮座していたという事なのだ。
この初穂・・・・神様の米ということですから絶対に返さなければいけないものでした。
でも・・・・いつも絶対そんな事が可能かしら?
そんな疑問にお答えすべく、次回は「米の生産性が何れ位優れいているのか?」そして冒頭で述べた「コメが生命に直結する」というのはどうしてか?
というお話をして行きたいと思いますm(_)m
続きは→その8