『ヒョンヒョロ』。怪作です。
『ドラえもん』でお馴染みの藤子・F・不二雄先生の短編作品なのですが、『ドラえもん』や『パーマン』とは違った後味の悪い結末が良い。



一見、このウサギの着ている服が『ドラえもん』に出てくるセワシら未来人の服装に似ていることから、未来世界が舞台に見えますね。
ウサギの背後に出来た空間の裂け目から宇宙が覗いていることから、宇宙が舞台にも見えます。
しかし、実際の舞台は(作品当時の)現代で、マーちゃんと呼ばれる小さな男の子が主人公です。
物語の冒頭、マーちゃんが両親に、「ウサギから貰った」とされるへたくそな筆跡の手紙を見せます。
「脅迫状。ヒョンヒョロを差し出さないと誘拐するです。マーちゃんどの」と書かれていましたが、両親は子供の悪戯だと思って本気にしません。
マーちゃんは他にも、「お星さまを拾った」「円盤に乗ったウサギさんを見た」と両親に言っていましたが、信じて貰えません。
そんなマーちゃんが自室で遊んでいる時に現れたのが、上記の大ウサギです。




何ともヘンテコな出で立ち。上手く言えないけど藤子不二雄チック。
このウサギは別次元から来た存在らしく、地球の常識は通用しません。
地球では恥ずかしいとされる行為でも、ウサギにとっては「有性生殖の実際」としか映りません。
しかし羞恥心はあるので、自分で書いた手紙を読み上げることを恥ずかしがります。
地球の常識では理解できないため、マーちゃんは「?」です。
ウサギの目的は、マーちゃんが拾った『ヒョンヒョロ』を貰うことでした。
地球の常識に則って自分の要求を伝える為、脅迫状をマーちゃんに渡したのです。
「物品を貰う時は脅迫状を送り、身代金の受け渡しに似た形をとる必要がある」と思い込んでいる辺り、地球の常識をしっかり理解しているとは言い難いです。



このウサギの星の生物は分裂生殖らしい。つまりこのウサギが分裂しながら増える訳である。おっかない(ノ゚ο゚)ノ
マーちゃんは字が読めないため、両親に読んで貰おうとしますが、パパもママも巨大なウサギの存在を受け入れられず、ウサギを幻覚と決め込んで相手にしません。
そんな中、ウサギはテレビのサスペンスドラマを見て、脅迫状に身代金の受け渡し日時、場所を書いていないことに気づきます。すぐさまそれらを書き足した「続・脅迫状」をマーちゃんを介してパパに見せますが、悪戯だと思い込んだパパはマーちゃんを叱りつけます。
その後、寝室に現れたウサギを見て、パパとママは漸くウサギが幻覚でないと認めるのでした。
警察を呼んで事の次第を訴えますが、脅迫状文中の『ヒョンヒョロ』が何なのかさっぱり分かりません。
そこで刑事がヒョンヒョロの正体を聞こうとしたところ、ウサギが脅迫状の差出人だと知らされます。
刑事さんは、「犯人予定者が被害予定者の家にいるなど非常識!馬鹿らしい!」とパトカーで帰ろうとすると、ウサギはパトカーを消してしまいました。運転手ごと。
ウサギは運転手とパトカーを隣の世界に送ったと語り、ヒョンヒョロを手に入れるまでの人質だと言います。
刑事さんがウサギを逮捕しようとするも、手錠を擦り抜けられ。射殺しようとするも、銃弾はウサギの体を擦り抜けてしまいます。この時のウサギの「無駄デス。次元ガ違ウ。」が妙にかっこいい。
ウサギの恐るべき能力を目の当たりにしたパパは、要求に応じることを決意。ウサギに「子供を巻き込まないでくれ」と頼みます。
ウサギは「身代金の受け渡しには警察の張り込みというものが必要」だと勘違いし、刑事たちに受け渡し場所での張り込みをさせます。こうして、一応受け渡しのセッティングが完了しましたが、ヒョンヒョロが何なのか知らないパパは、家中の金品をカバンに詰め込んで待機。
そして約束の時間になり…



嬉しそうなウサギと、茫然とするパパ、不満そうな刑事さんの表情の対比がじわじわくる。
その後の展開とのギャップが楽しめます。この一コマが、この作品最後の和みポイントです。




カバンの中身は、地球人なら喜ぶ金品の数々、しかしウサギにとってはただの紙切れ、ガラクタとしか映りません。
肝心のヒョンヒョロが手に入らなかったばかりか、それが何なのか知らなかった地球人の非常識さに怒り、誘拐を実行。
結果…

次の日の朝、起床したマーちゃんがママを呼びますが返事がありません。
ベッドから起きて何の気なしにおもちゃ箱からおもちゃを出すと、玩具に引っ掛かって光る何かが出てきました。
それこそが『ヒョンヒョロ』の正体であり、マーちゃんが冒頭で、ママに「拾ったお星さま」と語ったものだったのです。
やっとヒョンヒョロが見つかったものの、全人類は誘拐され、ウサギは姿を消した後。
何も事情を知らないマーちゃんしか残されていないのでした。




ラストの何も知らないマーちゃんの笑顔と、朝日に照らされた長い影が切ない。
何故マーちゃんだけが誘拐されなかったのかは2つ解釈があります。

1,パパがウサギに「子供を巻き込むな」と頼んだため
2,脅迫状はマーちゃん宛だったので、全人類が人質で元からマーちゃんは誘拐の予定が無かった

私は2番目の解釈ですかね…結構この辺は意見が分かれるのですが。

最初からマーちゃんの話を信じていれば、こんなことにはならなかった!と語る人もいますが、無理でしょう。子供の言うことを鵜呑みにしろと言われてもねえ…子供と大人、地球人とウサギの常識の差異が招いた結果ですが、子供と大人に関しては仕方ないと思います。
両親がマーちゃんに文字を読むことを教えていれば良かったような気がします。少なくともマーちゃんにはヒョンヒョロの正体に心当たりがあったのですから、脅迫状を読めれば…
若しくは刑事さんがヒョンヒョロの正体を聞こうとした時に、ウサギが答えていれば…というか、あれだけ時間があったのに登場人物の誰もヒョンヒョロが何なのか聞こうとしなかったのは不自然じゃあ。

因みに、ウサギがマーちゃんの部屋で一緒に遊ぶシーンがあるのですが、その時ウサギの近くにヒョンヒョロの入ったおもちゃ箱があります。

ウサギ!そこに探してるものがあるよ!
あの時ウサギがヒョンヒョロに気付いていれば…また違った結末になったかもしれませんね。

ウサギが再び地球に来ない限り、たった一人残されたマーちゃんは衰弱死するでしょう。
私としてはマーちゃんがどうなるかよりも、誘拐された人々の方が気になります。

初期の『ドラえもん』に似た絵柄で、序盤はドタバタ調のコメディっぽいですが、ウサギが本性を現した辺りから雲行きが怪しくなっていくのが魅力。
後味が悪いけど面白いのです。