母親は昔から病弱だった。心も体も。それに加え、私も輪をかけて病弱だった。
肺炎にかかり呼吸困難を起こしたり、腎炎を発症し毒素を正常に排出できない事による、体のむくみや倦怠感や40度以上の高熱の日々、色々な大きな病を患った。


母親は自身が病弱ながらも、私が病を患う度に必死に看病してくれた。
私の体が少しでも良くなる為に、鍼灸院に連れて行ってくれたり、当時は余り認知されていなかったケールを購入し、青汁を飲ませてくれたり、と様々な手を尽くしてくれた。


それに対して、父親は非協力的だった。
仕事で疲れた体で看病する事はとても大変であると、今現在の私の状況から考えると、全く理解できない事はない。
しかし、「大丈夫か?」「早く良くなれよ」などの心配の言葉も全くなかった。
それに対し、母親と父親は頻繁に衝突し、幼いながも私は、罪悪感を感じていた。あまつさえ、私自身の存在を否定し、自分がいなければ家庭の流れが良くなるのに、という思考に陥っていた。


私は体が成長するにつれ、徐々に体が丈夫になってきた。身長も平均以上に伸び体力もつき、中学生の頃には大きな病気もせず健康的な体になっていた。


これもひとえに、無償の愛を注いでくれた母親のおかげだった。
私は、これからは苦労をかけてきた母親を笑顔にする事だけを考えて、生きて行こうと決心した。


そんな矢先、突然母親の目の前が真っ暗になった。


母親の見る物全てが真っ黒に染まっていた。


比喩ではなく、母親の視界が奪われたのだ。