FTMに生まれてよかったこと | GID memory

GID memory

FTMTSのGID関連ブログです。戸籍訂正が済んで、当時の気持ちを確実に忘れてしまいそうなのでここに記録しておこうと思います。
タイ滞在記ほか

FTM100の質問

じゃないですけど、これも性同一性障害当事者の「問い」の王道ですよね。

せっかくGIDブログを書いているのでよく考えてみることにしましたひらめき電球

(ネタ切れな訳ではないですよw)




FTMに生まれてよかったこと


これまで何度か考える機会はあったと思います。


尋ねられることも。


でも特に思い浮かばなかったんですよね......


いや、ほんとw




・男の気持ちも女の気持ちもわかる

と言う人はときどきいるようですが


私はトランスセクシャル/TSで、かつ性自認も振り切れているので、、本質的なところが男でしかないんです。


女性のことは、近くで観察してきたから多少はわかりますが、

それはあくまで経験則で知っているだけであって、彼女たちが今も昔も謎の生物なのは間違いない汗


(謎の生物だったのはお互い様か。いわゆる「女の集団行動」というものはほとんどしたことがなく、子供の頃から良い意味で『治外法権』扱いでした。)




・マイノリティ(少数派)の気持ちがわかる

・心が広くなる

・人に優しくできる


といった話しも聞きますが。。


たぶんGIDを抱えていなくても私の場合、少数派タイプだったのは間違いなく(爆)

あえてFTMに生まれたから経験できた音譜とも思えなかったりσ(^_^;)



子供の頃からいじめや陰口が大嫌いだったので

GIDやゲイやレズビアンの友達もできたでしょうし。。



あと心の広さや優しさは、別にGIDとは関係ないとも思います。

むしろ、苦しみや絶望的な悲しみで、性格が捻じ曲がった人もたくさん見てきました。


自分自身、GIDでなければ言葉や「性」というものにここまではセンシティブ(神経質)にならなかったとも思いますし。。

これで文才があれば文学方面などまた違った人生が拓けた気もしますが、残念ながら無かった。苦笑



でもたしかに、到達できなかったであろう境地を垣間見たことは確かで

私が歩んだかもしれない“GIDをもたない人生”が、果たしてそれを経験できたかどうかは、不明です。


でも、思うんですが、、あの境地は、果たして「生きる」ことに必要だったのだろうか?と。。


もしも、そこに意義があるのだとしたら、あそこから生まれた“何か”を、表現したり、残したり、あるいはまったく別の物へ昇華することではないのか、と。




ただ、残念ながら埋没志向のため

その機会は来そうにありません。





このブログは名前のとおり思い出の箱。

昔、女で働き通した職場を退職するときにもらった大きな大きな花束

何万円したか知らないけれど、「人徳だね」と言われたけれど、三次会が終わった真夜中、歩く足をとめることなく大きくふりかぶってどぶ川に投げ捨てた。

まっくらな大きな川をゆっくり大きな花束が流れていく

ほんの数十分前まではカラオケでにこにこ合いの手を入れていたというのに

何の感情も浮かばなかった。

何も感じないけれど、そういう必要のない映像はこの心のなかにたくさんあるのだと思う。

少しは人の役に立ちそうな情報やタスキとともに思い出の箱にいれてさよならしようとしても。古傷が痛むように、相棒のように、私はそれらと付き合っていくしかない。






“断捨離”の一環と書いてきましたが


きっと、私は、何も意味がないまま昔の自分を捨てることが哀しくて仕方ないんでしょう。


だから、せめてもの意味を見出そうとする。


あとから進む後進達に、灯(ともしび)として輝くには、あまりにねじまがった山と谷だらけの人生だったと思うけれど


みんなにはこうはなって欲しくない。


みんなにはもっと幸せになってほしい。時代は間違いなく変わったのだから、それは絶対可能なはずだ。



たまたまこのブログに流れ着いて

自分の性別違和と向き合うきっかけを得たり

治療をはじめる勇気をもらったり

あるいは逆に、治療をしないでもいいんだとありのままの自分を受け入れることができたり

とても大切な自分の心と体を、人生を、もう一度よく考えることができたり

かけがえのない家族

出会えたのが奇跡のような恋人

自分を支え、ともに歩んでくれる周囲の人々に

心の底から感謝して、素直に幸運を喜び、

この生に生まれたことに、深い喜びを感じ、人生を謳歌できるように――









もしも私に「FTMに生まれてよかったこと」があるとしたら



 『先を歩いた同じ当事者として、当事者性をもって語ることで、一人でも多くのFTMが救われること。』



ただ、その一点に尽きる


ただそのひとつしか、思いつきませんでした