【キュウリとクワガタ】




朝起きて虫かごを見ると、

中身がきれいにくり抜かれたキュウリが、転がっていた。

クワガタにキュウリをあげる事を誰に教わったか忘れたが、

長崎にいた幼い頃、

毎晩、クワガタの虫かごに、キュウリの端っこを斜めに切ったのを入れた。

すると、朝になると、きれいに外皮だけ残して中身を平らげていた。

最初それを見た朝、?マークがオレの頭に飛ぶ。

あのチロチロ伸ばすオレンジ色のベロは、

木の樹液をすするだけの役割しかなさそうなのに、

それが、キュウリをムシャムシャ食べるのだろうか?

しかも、クワガタはあんなに細く、フンもあるような、無いようなで、

もしかしたら何か違う昆虫が来て、代わりに食べたのかと最初思った。

それくらい、クワガタの胴体と同じくらいの大きさの物が、

毎朝きれいに消える事に、不思議な気持ちがあった。

虫かごは、二段ベッド脇の自分の机の上にポンと置いてあった。

カブトムシと違い、クワガタの夜は静かだ。

ある夜、目が覚めた時、二段ベッドの上から首を伸ばしてソッと見ると、

間違いなくクワガタがキュウリの上で、チュルチュルしていた。

それ以来しばらく、子供の頃は、キュウリが何となく苦手となった。




もちろん今では、キュウリの漬け物なんて大好きだ。

先日、調布の深大寺を初めて訪れた。

東京の大動脈のひとつ20号線からちょっとだけ外れた場所なのに、

まるで田舎の村のような雰囲気がある不思議なエリアだった。

「東京なのに」何度かそんな想いが頭をよぎる。

その参内にキュウリの一本漬けが売っていたのでそれを買って、

歩きながらかじった。

バリバリうまかった。

ちょっと蒸し暑かったので、買う前に、ソフトクリームを買うかどうか

少し迷った経緯があったが、食べてみると、

暑い時には、冷たい物よりこっちの方がいいじゃんか、なんて思った。

深大寺周辺にはそば屋が多く、そば屋の前には水車が回っていたりする。

小川が流れ、水車がキイキイ音を立てて回る。

その音を聞きながら、キュウリを食べるオレは、と言うか、

キュウリを食べるときはいつもかな、

また、あの夜のクワガタを思い出す。