【台風に寝る】
巨人が外から何度も蹴っているようだった。
「それなのにあんたは!」と母親は少々怒り気味だ。
長崎の台風はいつもすごかった。
母親がいつも一人食いしばっていた記憶がある。
父親は、港湾関係の仕事で、これまた台風の時はそっちが大変で、
家どころではなかった。
どの台風も強烈な記憶があるが、ある真夜中、母親は一人格闘していた。
裸電球が、ぐうぐう寝る子供達の上で、大きく揺れ、
まるで怖いおとぎ話のように、影が右往左往する、
時にはそれも全く消え、闇の中で、窓ガラスの向こうの木戸を
母親は必死に押さえていた。
幼い中でも、唯一頼りになりそうなのは自分で、
「起きろ!」と怒鳴ったり、足蹴りしたが、
オレは気持ちよさそうに、すやすや眠っていたらしい。
小3で長崎を引っ越すが、それ以来、恐ろしい台風を経験した事はない。
各地で台風被害を被った人達には全く申し訳ないが、
それからは、割合気持ちの良い記憶が残っている。
小中高とクーラーの無かった自分の家では、夏となると、
毎晩うだるような暑さに、汗をムラムラさせていた事を思い出す。
だが台風となると、それが一気に解消した。
天空からの風が轟々と落ちてきて木の葉をヒューンと飛ばしていく。
ガタガタ言い出した窓に手をかけて、バーンと開けると、
いきなり風が勢いよくこっちの方に侵入してきて、
まるで全身を風の管の中に入れているようだった。
つい先日も、9階の自宅で窓を開けっ放しにすると、ビュウビュウ
風が突っ込んできた。
しかし音はすさまじく、そして時折吹き込んでくる雨で、
熟睡とまではいかなかったが、
その臨場感は、まさしく台風に寝ているようだと思った。