【レディ】






ガキの頃からバイクには興味津々だったが、四輪にはからっきしなかった。

しかしレディとなると話はちがう。

それに乗れると聞いた時、オレの胸の高鳴りと言ったら、ちょっときたね。





先週、アメリカ、ソルトレイクシティにいた。

めずらしくツアーじゃなく、映画の撮影だ。

物好きなインデペンデントのドイツの監督がいて、

オレに出演してもらいたいと言う。

絵コンテを見てもどんな役さっぱりわからなかったが、

ギターウルフのままで演技はしないという条件で、

ソルトレイクシティに飛んだ。

ソルトレイクシティには、名前通り、塩の湖がある。

だがある部分で、一年中、塩が固まっている平原があり、

そこが撮影場所だと聞いて「まさか!」と思ったらその通りだった。

有名なボネヴィルソルトフラッツスピードウェイだ。

アンソニーホプキンス主演の【世界最速のインディアン】を見た人なら

わかると思うが、毎年、地上最速がそこで計測される。

何かオレの好きな要素があるようで、多少の期待を持って

ソルトレイクの空港に降り立った。

だがその多少が、そのわずか数時間後に、多の方にいきなりヒットした

からぶったまげた。





空港から車で約2時間の場所に、泊まるモーテルがあった。

迎えの車が、そのモーテルに着いた瞬間、いきなりそれは隣にあった。

でもいくらなんでも、いやいやまさかと疑いの目を向ける。

車から降りると、そのいきなりに腰を乗っけているのが監督らしく、

ハーイと握手をするが、気もそぞろに、監督のケツにある

黒い車を凝視した。

コルベット?いやいや違う、全然違う、バイクなら横目の横の部分を

バイクが通っただけで、一発でわかるが、車はそうでもない。

だがある確信を持ち、横にまわり車体に刻まれている文字を見た。

その瞬間、オレは結構でかい声で、驚きと感激の声をあげてしまった。

やはりそうだった、

車体の横に書かれていた小さな文字はNISSAN、ホイールにZの文字、

やはりそう!間違いなくフェアレディZ!!!

オレは海外でKawasakiのバイクの名車に会うと底知れない幸せを味わう。

そして車ならこのレディだ。

オレはもう21年間ツアーでこの国に来ているが、この形のレディを

見るのは今回を入れ2回目だった。

「一体なぜこの車がここに!」叫ぶように聞いた。

「セイジに乗ってもらうためだ」

なんと、これだけでも来たかいがあったゼ。

そのZとは、第2期フェアレディZ130

アメリカでの通り名を、なぜか、ダットサンZと言う。

「正式な名は、フェアレディZと言うんだ」

当然オレはスタッフに何度も言い放った。



【近未来、あまりに機械に頼りすぎた人類は、

ついに自ら持つコミュニケーション能力を失い、

誰かに命じられてしか動けなくなる。

ある時、ある3人が何者かに命じられて、

地の果てに住むブリッツに何かを届けにくる。】





そのブリッツ役が、自分の役だ。

真っ白の塩平原ソルトフラッツで、撮影は進んでいく。

日中は、雪山のように照り返しが強かった。

スタッフが傘を持って、役者を日焼けさせまいと、

始終側についていてくれる。

始まって3日目の事だ。

撮影している塩平原のさらに奥に、車がどんどん集まってくる様子が

見える。

何じゃと思いスタッフに聞くと、まさしくあの地上最速を決める計測会が

今週末にあるらしい。

通りで、奥の平原から、時たまエンジンの爆音が響くはずだ。

他のキャストによると、時速300マイル→時速500キロで

車が走っていたと言う。

500キロってリニアモーターカーと同じだゼ!

レディにも会えるし、地上最速とかち合うとは何というラッキー!

集結する車のエンジンの響きは、まるで自分の心の高鳴りのように

塩平原に響き渡る。

しかしだ、ビッグサプライズはこれだけじゃなかったのだ。

ウソだろう大丈夫かい、こんなにラッキーで。





撮影最終日朝6時頃。

フロントにコーヒーを取りに行く。

深夜にやってきたのだろう、モーテルの駐車場には、

夕べはなかったトラックやバンが止まっている。

地上最速に出場する連中がこのモーテルにも集結しつつあるのだ。

それぞれの車の荷台に載る自慢の2輪マシン、

どのマシンも過激な改造で、笑いたくなるくらい、クレージだ。

朝早く誰もいないせいもあり、オレはコーヒーを口にしながら、

のんびり眺める事に興じだした。

だが、その途端だった、ある形が横目にかすった。

きたー!っと思った。

少しクラッと来そうになる。

胸に手を少しやり、気持ちを抑えてゆっくりその方向に顔を向け、

その形を目の中に入れる。

マジかよ、なんてこった、ハア~、こんな事って。

ものすごい改造でボワアップされ1500ccと書いてあるが、

この流線型のタンクのシェイプ、そしてエンジンに刻まれたDOHC,

間違いなくこれは、Kawasaki 900RS 通称Z

オレのZⅡの兄貴分だ。

感激で涙がちょちょぎれそうになった。





アメリカでZⅠの人気はわるくないが、それでもやはりアメリカ人の

心の奥には、絶対的にハーレーもしくはインディアンがある。

その中でもKawasaki派は希少に存在することは知っている。

いつか会えないかとアメリカに来るたびに思っていた。

30分くらい眺めただろうか、オレは部屋に戻り撮影出発の時間に

オーナーが外に出ていることを期待して待った。

約2時間後、上下皮で部屋を出て階段を降り、

モーテルの角から飛び出すと、駐車場のZⅠの前には、

そのオーナーと仲間らしき人がいた。

自分を一目見た瞬間だ、まさしく顔に書いてあったのだろう、

オーナーのおっさんがニコニコしだし、オレはZⅠの側にくらいつき、

写真をせがんだ。

アメリカ人のいいところは、大雑把なやさしさだ。

細かくはないが、親切をバ~ンと投げ出すように表してくれる。

「いいよ、いいよ、またぎな!」

レース車で、微妙な調整もあると思い、触ることも遠慮したが、

またげと言うので、気をつけてまたがせてもらった。

速度を聞くと時速200マイル→時速330キロくらい出るらしい。

降りて、再び改造の部分を、にんまりしながらしげしげと眺める。

するとおっさんもにんまりしながら、オレの耳元に口を近づけ
ささやくのだ。
「バカだろう、でも今夜もまたそのバカ達がゾクゾク集結してくるよ。」





ドドドドドドドド、シフトチェンジしながらフェアレディZのアクセルを

踏んでいく。

白原の荒野を横に流しながら、大地の反動がダイレクトに腰に響く、

まるでゴーカートのような乗り心地。

ZⅡもそうだが、この頃の車、バイクは、軽さを感じない。

重いコンクリのドカンをズズズズっと引っ張りスピードに乗っける様な

感じだ。

そこがいいのだ。

今の車、バイクはものすごく軽い操作で乗りやすい。

それも悪くないが、自分にはやっぱりこっちだ。

「カット、OK!」

最後の撮影が終わり、オレはフェアレディZから降りた。

でもなんとなくまだ物足りなく、最後に車体に抱きついた。

レディ、地上最速レース、そして、ZⅠ。

翌日朝、空港に向かう車の目の前は、透き通る様に晴れていた。

その空には、胸一杯ふくらんだ自分の心の青が晴れ晴れと広がっていた。





映画のスタッフ、キャストみんなありがとう!

最高の5日間でした。