【パリで忍者】
夜風に月が煙りを出す。
セーヌ川は暗く、その対岸では恋人達が恋を語る。
ラブシーンの最中、ふと片目を開けたパリジェンヌが、
水の上を走る黒い影を見た。
ハッと唇がこわばるが、さらに強く押しつけられた熱いキスにとろけ、
彼女は再び目を閉じた。
その時オレは忍者装束で、セーヌ川をアメンボのようにスイスイ走っていた。
追う先には、豪華クルーズ船。
船のスクリューの波しぶきがだんだん近づいてくる。
その波しぶきの向こうから、流れてくる音楽に混じり、
シャンパングラスを重ねる音や、笑い会う男女の声が波間にちりぢり
飛びながら聞こえてくる。
「ちくしょう、待て!」
セーヌ川は、やや川幅が広くなり、パリの夜景を受けて、
川の色が虹色の様にキラキラし出した。
船の向こうには、エッフェル塔の先端が見えてきた。
すると突然、船上から声が!
「誰かがこの船を追ってきてるゾ」
叫びながら男は拳銃を構える。
暗がりの間に完全に近づききれなかったのは誤算だが、こうなったら
しょうがない。
オレはすかさず手裏剣を男の腕に向かって投げる。
「バキューン!」音がセーヌ川に鳴り響くと同時に、胸元から紐を取り出し
船に投げ、甲板のビールの樽に引っかけてそれをたぐる。
引っ張られるビールの樽は、ずるずる引き寄せられるが、それが船尾から
川に落ちる瞬間、ザブっとオレは船尾に手をかけ船にあがった。
あがるついでに、落ちかけていた樽をチョウと割って、
こぼれるビールに口をつけゴクゴクッと飲み、オレは甲板をふり返った。
「遅れてわるかった」そしてオレは煙玉を足元に投げつける。
ドロン、パン、パン、パン、パン!
煙の中から革ジャン、革パンで登場だ。
「忍法、ギターウルフ」
イエーと叫び、背中のギターをかき鳴らすと、R&Rショウの始まりだ。
かつてパリの新聞で、自分達の事をニンジャロックと書かれたことがある。
上下黒で、ステージで跳ねたり、高いところから飛んだり、
おまけにオレ達が出演した映画【ワイルドゼロ】でピックを手裏剣のように
さばくシーンがあったりしたので、そんな風に呼ばれたのかもしれない。
もちろん書かれて面白かった。
だが、どうせニンジャロックなら、せめてこれくらいしなきゃだめだろう!
セーヌ川を走るクルーズ船を見ながら思った。
こんなライブいつかやってみたい。
ギターの爆音が、セーヌの川岸に響き渡る。
船は丁度、エッフェル塔の真横を通る絶好のタイミングにさしかかりだした。
遠くに見える夜空と街の境に、まだうっすら残るオレンジの雲が、
オレの心をギュッとしめつける。
「Let‘go ロッキンロール!」
ドラムの音が甲板に振動し出した。
ベースがグイングイン、ドライブする。
白いドレスのお姉ちゃん、黒のタキシードの男も関係なく、頭も体も
ノリノリで、どんどんエスカレートしていく。
そしてオレが叫ぶ「1.2.3.4!」
ジャンプでジャカジャ~ン、ギターをかき鳴らした。
すると突然、男女の悲鳴!?
オレは演奏しながら、辺りを見回す。
みんなのノリが、あれ!?どうした?
震え方が異常だ。
そして次の瞬間、いきなりバキバキバキバキ!
股下で甲板が裂けだし、裂け目が船首に向かって伸びていく。
やばい!
メンバー機材もろとも手前にジャンプするやいなや、テーブルが倒れだし、
シャンパン、ジョッキグラスもろとも裂目にどんどん落ちていく、
ああ、もったいない。
人々は、両側の船壁につかまり、
船況を見ると、船は、バリバリどんどん裂けていき、とうとう真っ二つとなり、
セーヌ川を併走し出した。
おい、大丈夫かと、向こうを見ると
「何!?」
反対側の船尾に、5人の忍者!
腕を組んだ5人が横一線でセーヌの風にふかれ、こちらを不敵に見ていた。
真ん中の一人が、叫ぶ「忍法、船真っ二つの術トレビア~ン」
何だあのフランスなまりは?
昔、戦国時代にフランスに渡ったという忍者の末裔か?
それとも、フランスには忍者顔負けのパルクールというスポーツもあるし、
忍者道場だってある、なんて考えていると、
先頭の一人が、オレもさっき使った煙玉を足元に投げる。
ドロン、パン、パン、パン、パン!
煙の中から、5人のパンクロッカーの登場だ。
「忍法、リップスティクバイブレーターズ」
そして先頭の男のかけ声と共に、ど派手なライブパフォーマンスが
始まった。
「ちくしょうロックなら負けてられねえ!」
オレも空に高く手を振り上げるやいなや、ジャンプ一閃、演奏を
始めたのであった。
セーヌ川の星空の下、併走を続ける半分半分の船は、ど派手な音を鳴らし、
時折、手裏剣や吹き矢の応酬を交えながらも、
果てしなきフランスの夜の歴史に♪をまき散らし、キラキラ光る闇に
吸い込まれるように走っていたのであった。
めでたし、めでたし。
だが、この話、後日談がある。
船は、行くとこまで行き、
遂に、半分半分の船はシャンゼリゼ通りに乗り上げ、道の両側を走り、
そして二つ同時に凱旋門に突っ込んで、また一つの船に戻った。
それから日本とフランスの忍者バンドは、凱旋門の上から、ロックンロールと
叫び飛び降り、客から大喝采を受け、まだ、暗がりの残るパリの朝に
消えていったという。
思えばあれが、リップスティクバイブレーターズとの出会いであった。
そのリップスティクバイブレーターズが来日する。
近くに来たら寄ってくれ!