【惑星埼京線】
突風が吹き「やばい!」と思ったら遅かった。
長方形の断熱材が空に舞いあがり、
線路に向かってヒラヒラ飛んでいった。
「線路には絶対に物を落とさないでください」
作業前の朝礼で、監督が口を酸っぱく言うのがこの事だった。
更に職人間で聞いたのが、
「成田エクスプレスを止めると、ものすごい賠償金を請求されるらしいゾよ」
いつもの工事よりも窮屈さと緊張を感じながら、
大人の背ぐらいある長方形の白い断熱材を数枚両手に抱え、
ホームの天井上に向かって足場を昇っていった。
渋谷駅の埼京線ホーム開業を調べると1996年3月とあるので、
この話は1995年冬だ。
オレは渋谷埼京線ホームの天井作りを任されていた。
ホーム天井の鉄骨の骨組みに、天井の縁を四方に溶接して、
そこに天井となる白の断熱材を上からはめ込んで行く。
作業自体はそんなに難しくはない。
ただ、作業は昼と深夜にあり、自分はその二つの時間帯をこなしていた。
昼間の作業は線路と反対側の場所、
深夜の作業は線路側の場所
と分けられた。
深夜帯はバイトを使わず、なるべく自分ひとりでこなすようにしていた。
真夜中に警備員の笛がなると、線路向こうの信号がカチカチしだし、
職人達はいったん作業を止める。
すると、遠くから汽笛がなり、深夜だけ通る貨物がやってくる。
ゴオー、うなる長い貨物の背中を見ながら、
オレはポケットに忍ばせた小型ラジオのイヤホンをそっと耳にする。
夜空に寒月がキーン。
【惑星ハート】という曲がその時できた。
作業が8割方進んだある昼間、
線路と反対側の場所で仕事をしていた時、あの突風は吹いた。
運んだ断熱材の上に重しを置こうとすると、ピュ――――――――。
突風が断熱材一枚を空高く飛ばし、線路の上に!
「やっちまった」と引きつるあきらめの目の前で、
断熱材は運良く線路を飛び越え柵の向こうにギリギリ挟まるように落ちた。
まさに数センチの奇跡!
胸をなで下ろす事はよくあるが、これは最大級に近かった。
急ぎ渋谷駅をグル~と大回りしてそれを回収した。
先日、アメリカの友人を渋谷の成田エクスプレスに送った。
オレは当然、歩き談笑しながらも、上ばかり見る。
白い天井は目地もしっかり通っていてあの時のままだ。
それを確認しつつ、この上で吹いた突風と、深夜の寒月を、
オレはいつも思い出す。