【エイリアンの頭!?】



湾岸線に対峙するかのようにあった巨大なザウスがイケアに変わって久しい。

オレはそれをある日、突然知った。

南船橋のイケアを訪れる事があり、地図で探して到着した時、

見知っている景色にハッとして

その場所はかつてザウスがあった場所だと気づき、

途方に暮れた事がある。

ザウスとは2004年まで南船橋駅前に存在した、

世界最大の屋内人工スキー場だ。

オレはそこに、ほぼ一年間、内壁を作る責任者として入った。



工事は最初難航した。

初めて扱う鉄骨壁、それまでビルでやっていた内装とは全く違う

溶接、じっくりと強力で密な溶接を求められ、

それで全箇所を止める。

扱う材料は、5m、7mの鉄骨で、作業前にまず何本も担いで

傾斜の強い坂道を登っていく。

高低差100m、斜面の長さが480m。

穴をふさいでない頂上からの光がまばゆく、時折その光が目に入るの

を感じながら、地下足袋で一歩一歩踏みしめる。

夏など汗がポタポタで、前を行く奴の分厚い作業着は背中びっしょり

ベルトまで濡れていた。

材料運び等、とにかく人がいるので、

会社から何人ものアルバイトが送られてきたが、

どんどんやめていった。

最初は自分達の不手際もあったろう、だが次第に仕事を把握し

割り振りもうまくなって来た辺りから、バイトが固定しだした。

それと会社もこちらにアルバイトを送る時、

どんな現場かとしっかり説明をして、

それに納得した者だけを送ってくれた事が大きかったかもしれない。

きつい仕事は団結力を産む。

残った者は、次第に精鋭部隊となっていった。


壁一面に組まれた足場を上下左右、移動しながらの作業だが、

当然怪我をしないように気持ちをしっかり持つ事が大事だ。

二日酔いなんかではとても作業はできない。

実際にその現場では、鳶さんがひとり落下して死亡した。

ある時、一度だけ7mの一番重い鉄骨を足場の上から

落とした事がある。

足場にぶつかりながら落ちる音に、瞬間、心をすぼめて祈った。

幸い人が立ち入る場所じゃなかったので何事もなかった。

またある時、ダラダラ落下する溶接の火で、下の作業員の手の甲を

火傷させた事もある。

どれもあってはいけない事だが、現場での作業は常に危険と

隣り合わせで、オレはその危うさを、多少は知っているつもりだ。

そのせいか、町の工事現場の下を通る時、オレはいつも上を見て

用心しながら通る癖がついている。


過酷な現場だったが、巨大な建造物に立ち向かっている感は

やりがいがあり、作業員の間には楽しい雰囲気があった。

一度アルバイトの言葉に激しくズッコケタ事がある。

昼休み明けの午後、年若のアルバイトにオレは仕事を教えていた。

ザウスの中腹で、横のパネルはまだはめられて無く、

隣接している眼下のオートレース場からバイクの音が

鳴り響いている。

ちなみにこの頃だ、スマップの森君がアイドルをやめて、

そのオートレース場に来たのは。

他の職人に、若い女の子がたくさん集まっていると言う話を聞いた。

今鳴っているバイク音は、森君かな~?と思って聞いていた作業員は

結構いただろう。

日本の建築の作業は緻密だ。

ごく普通の壁、天井でも1mmの誤差はまだ許せても2mmは

許されないと言われていた。

鉄骨壁はそれより多少幅があったが、それでもオレはその世界に

生きていたから、それに近いシビアさを持って臨んだ。

もしそのずれが何かのミスで大きく生じた場合、

この巨大に立て込んだ壁が、前面やり直しになることだってある。

それだけで巨額の赤字だ。

それを念頭にオレはアルバイトに教えるが、

そいつの顔がなんだか上の空だ。

気持ちがあっちこっちに浮いていた。

濃い眉毛が一直線のような兄ちゃんで、

いつもボーっとしている子だったが、その時はボーが堂に

入っていた。

オレの説明に対して返事があやふやだ、

そして時折空中に目を泳がせる。

「わかってんのか!?」と言いながらもオレの説明がわるいのかと

思い、何度か説明する。

また体調でもわるいのかと顔をのぞき込むと、

すると「いやあ~」と首をゆっくり振り、しかもそいつは

ちょっと嬉しそうに答えた。

「エイリアンの頭が気になって」

「エイリアンの頭!?」

昼休みに読んだ週刊誌の【エイリアン3】の特集記事に載っていた

エイリアンの頭らしい。

当然、間髪入れず「アホかお前!」だが、

あの時のガクッとズッコケタ感じは、ちょっとおかしかった。

丁度1992年の【エイリアン3】の公開直前で 

話題になっていた頃であった。

まあそいつは最後までいた精鋭のひとりにはなったが、

ガクッとしたゼもう。


今、湾岸線は成田空港を往復する時によく使うが、

通る時、高速の壁の上にちょこっと頭が見えていたザウスの残像が

いつも現れる。