【夕焼け作戦】




夕焼けの中をよく友達と歩いた。

小学1年か2年だった。

誰も心臓は赤いだろうけど、自分の心臓は、

その頃見た夕焼けのせいで赤いのではないかと思うくらい、

あの夕焼けは心の中に深く差し込んでいる。

長崎での幼い頃、山のてっぺんの県営住宅に住んでいた。

山の麓を見下ろすと、向こうの山との間に田んぼが広がっていた。

山を降り立った辺りに、真っ直ぐ伸びた堤防のような丘があり、

その上を線路が走り、向こう山のトンネルまで続いていた。

それが夕焼けの中にあると、赤い海の中に浮かんだ橋のようであり、

まだ花を綺麗だと思わない年頃であったが、

その光景にはいつも息を呑んだ。

運良くそこを蒸気機関車が走るようであれば、

大人も子供もみなふり返って見た。

裏山をぬって走ってくる蒸気機関車にとってその平地は、

ようやくそのたくましい雄姿を見せつける事が出来る

ステージのようであり、

特に夕焼けの時は、格段にアップグレードされていて、

一日が終わるむなしさと合い重なり、哀愁を帯びていた。





丘の上の線路は子供の遊び場にもなっていた。

よく線路に耳をつけて、列車が来るかどうかを確かめたりした。

丘の上は十分周りを見渡せたので、

例え列車が来ようと、すぐに反応出来ると思い怖くなかった。

だが一度、線路に耳をつけていたら、汽笛が聞こえた途端、

いきなり真っ直ぐ伸びる線路の向こうに

視界90度反転した機関車が現れ、

あわてて友達同士線路の両脇に散った事があり、

ちょっと切迫した気持ちを味わった事もある。

ある日、夕焼けの中の線路に友達を誘った。

あの不思議な景色の中に入るとどうだろう?と思ったが、

別に何事もなかった。

ただ鉄の匂いが酸っぱく、

さっきより日が落ち、少し黒と赤のコントラストが

濃くなった夕焼け空に、赤とんぼがたくさん飛んでいた。





ある日、まだ陽の高い学校帰りに友達と線路の上を歩いていたら、

いきなり、烈火の如くの怒りの声が聞こえた。

ふと丘の下を見ると、友達のお母さんが血相変えている。

そして手をばたばたさせ、暴れるように叫んでいた。

「何であんなに怒っているのだろう?」

危ないから早く降りろと言う事だが、

本人達はいたって平気で 「大丈夫なのに」と思う気持ちが強く、

その時は不承不承にうなずいた。

今思うと、当然すぎるくらい当然で、

おかげで線路の上を歩く事は、二度と無くなった。




今の季節、あの時の夕焼けが心によく現れる。

たぶんそれは、夕焼けの中を友達と歩いた作戦が、

今頃になって、ようやく効いてきているからかもしれない。

そしてその度に、あの蒸気機関車が身体の中を駆け抜けていく。