【イチョウ】




だいぶ前、立川の昭和記念公園に遊びに行った事がある。

丁度、秋の今時分だった。

油断して歩いていたら、気がつくと黄金の絶景の中にいた。

イチョウ並木だ。

まるで映画やドラマで恋人達が歩く風景を見た気がして、

思わず、これだったのか!とわけのわからない感心をした。

町でぽつり見るイチョウの黄色は、寒空に薄い。

その落ち葉は、まばらにアスファルト張り付き、

傘が逆さになった様なかわいらしい形がちょっと目を引くが、

ちょっとさみしげだ。

だが、記念公園で見たイチョウ並木は、

冬に向かう秋がセレナーデを奏でているようで、

何かウキウキするロマンティックな情景にあふれていた。

黄色で埋まる一本道の落ち葉を踏み、

黄金のアーチから、ひらひら落ちてくる葉に手を伸ばす。

するとツ~ン、イチョウ独特の匂いが漂っていた。

そう言えばイチョウはこんな匂いがしたと思い出す。

田舎の秋には、この匂いが必ずどこかにあった記憶があるが、

それがイチョウの匂いだとはたぶん気がついていなかった。

それどころか、幼い頃、イチョウと言えば夏だった。

夏の子供の大きな関心と言えば、クワガタだが、

なかなか捕れやしない。

それであきらめてやってくるのが公園のイチョウの木だった。

そこには白黒のカミキリ虫がやたらといて、難なく捕れた。

ありがたみは薄かったが、キイキイ鳴るその虫は、

結構かっこよく思っていて、

収穫ゼロの虫かごに入れて持って帰った。




ふと歩く並木の裏を見ると、

ゴム手のおじさんが中腰でスーパーの袋に何かを突っ込んでいる。

銀杏だ。

茶碗蒸しでおなじみだが、銀杏の採り方はしらなかった。

実がドロッとしていてイチョウの葉をよけながら袋に入れている。

匂いがきつく、あのイチョウの匂いはここから来ていることに

遅ればせながら、その時初めて知った。

オレはちょっと顔をしかめたのだろう、そのオレにおじさんが

言い放つ。

「これうまいんだゾ」

今まで銀杏をあまりうまいと思って食べたことはない。

流れでおじさんが話してくれた。

実を洗い取り乾燥させたら、種を茶封筒に塩と一緒に入れて、

レンジでチンして食べるのだという。

公園を一回りして、最後帰る時にどうしようかと思ったが、

おじさんはまだいて、ゴム手を借り自分も採った。

さっそく家のキッチンで銀杏の実をほぐし、殻付きの種を取り出す。

ベランダで乾燥させ、言われたように茶封筒に種と塩をひとつまみ

入れてレンジでチンした。

するとポップコーンがはじけるような音が数度したので、

取り出して殻をむいて食べた。

なかなかいける。

ビールのおつまみにもってこいだ。

ただあまり一度に食べ過ぎるとよくないらしい。




先日、八百屋の前を通るとビニールに入った殻付き銀杏が

売られていた。

オレが採ってきたのと同じくらいの量だ。

その辺りで採ってきたのだろうか?

まさかそんなことはないだろうが、

一瞬、手軽に採って売る南国の海辺のマーケットのように感じ

少しおもしろかった。

突然、イチョウを見たくなった。

確かあそこにあったよなと見当をつけ、近所のイチョウの木を見に行った。

しかし残念、まだ緑だ。

あの立川のイチョウは金色というニュースだったのに

この辺りはまだらしい。

もうちょっと待って色づいたら、黄金の景色に囲まれて、

また銀杏を採ろう。

あの味は結構クセになる。