フェイク 第1298号 (発行=12.06.05)



「大聖人直結」を拒絶する日顕宗
法華講の機関紙「大白法」の妄言を粉砕
「ニセ法主根本」とは御書にあるのか?




日顕宗・法華講の機関紙「大白法」六月一日付の「異流義破折」では日蓮大聖人に直結する信心、御書根本の信心を徹底的に否定して、創価学会に猛然と嫉妬の炎を燃やしている。


大聖人直結では、御本仏と信徒の間に割り込んで供養を搾取する坊主稼業が成り立たないからであろうが、学会が主張する大聖人直結、御書根本を拒絶する「大白法」は最早、大聖人門下の機関紙ではない。


「異流義破折」の記事は自らを破折して、日顕宗、法華講が大聖人の末流ではないと吹聴しているようなものである。


大聖人直結、御書根本を否定する「大白法」は次のように妄論を書き並べる。


「根本とすべき正義こそが唯授一人血脈相承に存するのである。故に、この御相承から離れれば、御書の文意を正しく拝することなどできない」と主張。また、大聖人の仏法の正義たる三大秘法は付嘱によって相伝される、と述べて「今、その正義は御法主日如上人猊下が伝持されるところであり、そのお立場に基づき、御書写をはじめ御本尊に関する一切の権能を所持されるのである」と、不相伝の日如が相承を受けたかのように誤魔化している。


大聖人を恋慕渇仰する信仰心を否定して、相承なきニセ法主を根本にせよと言う日顕宗、法華講は、やはり悩乱していると言う他はない。


「大白法」は「『大聖人直結』なる語は御書のどこにあるのか?」と愚問を投げかけて「友人葬」「創価」も血眼になって探しても御書にはない、と書いて「『大聖人直結』『御書根本』とは、全くもって呆(あき)れた言い分である」と結んでいる。


このように「大白法」は大聖人直結を否定しているが、昭和三十七年七月三十一日に全国法華講連合会の結成大会で六項目からなる「法華講要旨」が発表され、その最後の項目は「法華講衆として大聖人に直結した信仰を致しましょう」と謳っているのを忘れたか。


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大聖人直結は、正しい教えである事を日蓮正宗が認めた確かな証左であろう。


ところが、日蓮正宗が日顕宗に変質して以降、学会を破壊して学会員を支配したいとの魂胆から大聖人直結は間違いだと言い始め、日顕や日如のようなニセ法主を根本としなければならない、と身勝手な暴論を主張するようになった。


大聖人直結は御書にない、との難癖は、学会側が指摘した「法主の開眼が不可欠なる言い分は御書のどこにもない邪義」への反論ならぬ腹いせとしか思えない。


日顕宗は御書にない「法主の開眼」という邪義を振りかざして、日寛上人の御本尊を誹謗しておきながら、自分達は「大聖人直結は御書に記されていない」と否定している。


ならば「大白法」編集部に問う。「相承のないニセ法主を根本とせよ」とは、御書のどこにあるのか?と。

これにも「大白法」は回答不能で、沈黙するしかあるまい。呵々大笑!



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