フェイク 第1301号 (発行=12.06.16)


御本尊に本迹を立てる日顕の己義
改革僧の松岡氏が宗内に広く文書送付 ②
「弱い犬ほどよく吠える」の邪義班



松岡氏が宗内に送付した「日顕、講習会で釈明せよ」の文書の内容を紹介する。


まず、松岡氏に対する邪義破折班の反論書が「相変わらずの恫喝・中傷」の列挙である点に言及。「よくぞ、ここまで下品な言葉が羅列できるものだ」と揶揄しつつ、「弱い犬ほどよく吠える」と切り捨てている。


また「邪義破折班とは何者なのか。責任の所在が不明では、まともに論争しようもない」と、その不誠実な態度に触れ、自分の問題なのに、いつも手下に反論させる日顕は卑怯だと指弾。立場の違いを理由に逃げることはできないと、重ねてこう記している


「一宗の管長だった日顕が松岡のような一兵卒を相手にするわけがない、などと逃げるなかれ。宗門の世界では、なるほど日顕が長年の権威者で、私は新参者だろう。けれども学問の世界では、正式な学位や教授職を持つ私がプロで、在野の日顕は素人学者である。立場の上下は見方次第で変わる。格下を相手にするのは、日顕も私もお互い様だ。ましてや日顕は、法主を詐称した偽りの管長ではないか」と。実に痛快だ。


松岡氏は、邪義破折班の駄文には同氏の周囲にいる青年諸氏(教学思想研究会)があたる旨を記し、「問題の張本人として、一切を釈明する。それが本筋ではないか」と改めて日顕に迫っている。


釈明の場に指定されたのは、本年夏に総本山で開催される全国教師講習会。


 この時、全国から宗門教師・住職が集結する。そこで日顕は、松岡氏が出した、次のような教学質問に答えるのか。それとも、また答えられずに無視するのか。


(1)現代人に読ませる教学の本を書くのに、カタカナ使用の文語体を用いる必要があると思うか、思わないか。

(2)百六箇抄について、堀日亨上人による百六箇の配置よりも、要法寺日仁の配置の方が正しいと思うか、思わないか。

(3)御本尊授与の対象者を選別するのが相待妙、選別しないのが絶待妙、という考え方は、大石寺の歴代法主の指南にあると思うか、思わないか。

(4)御本尊に「本」「迹」を立てる義は、先師の教えにあると思うか、思わないか。

(5)宗祖の御本尊顕示において相待妙と絶待妙を立てる義は、宗門の伝統教学中にあると思うか、思わないか。

(6)御本尊中央の「南無妙法蓮華経」の題目は究竟か、未究竟か。

(7)御本仏の境地は一つか、二つ以上か。

(8)発迹顕本後の御本仏に「迹」の境地があると思うか、思わないか。

(9)種脱相対の後にさらなる「相対」はあるのか、ないのか。

(10)本門の戒壇に「本」「迹」があるというのは歴代法主の見解か、自分の見解か。


 これらは皆、日顕の『百六箇抄』解釈の問題点である。(続く)


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