最近は、就職活動で内定を受けた子が、そこに就職すべきか親に確認した上で了承する「オヤカク」と言うのが増えているそうです。

http://www.sankei.com/premium/news/150927/prm1509270001-n1.html


そう言えば、昨日の新聞でも、大学の入学式で親の同伴が増えたと言う記事も目にしました。


個人的には、こういうことに違和感があります。


しかし、否定的に考えるかと言うと、それはケースバイケースと思っています。


よく、最近の子は過保護だ、自立できていないだなどと言うことは、よく聞きます。

実際に、いずれ自立しなければ生きていけないことは疑いの無い事実です。


とは言え、親以外の他人で、その子の幸福を願っている人は、いないか極めて少数でしょう。

もっとも、元気であって欲しいぐらいに思う人は、それなりに居るかも知れませんが、それは、あくまでも一般論としてであって、それ以上となると、想定しにくいです。


そうすると、親が自分の子を守ってあげたいと考えるのは、自然の感情であり、特に最近のように、選択肢が多く、人生経験が少ないと判断しにくかったり、世の中的にも世知辛くなっている現状を考えれば、ある程度は、やむを得ないと思います。


それに、過保護と感じる子は、自分が若い頃にも程度の差こそあれ、少なからず見受けられました。しかし、そういう子は、逆に言えば、親からの愛情を十分に受けてたでしょうし、それなりに自分の意志が尊重されていたでしょうから、最終的には大きな問題無く、社会に適応できて行ってました。多少、周囲に嫌われたりバカにされたりすることがあっても、意志が尊重されていたことにより、自分に自信を持てていたことがあったのではないかと思います。


要は、介入すると言っても、親がどのように介入するかが問題になって来ると思います。


子の意志を尊重した上で、親ができることを手助けすると言うのであれば、問題無いと思います。意志が尊重されている以上、自分で考える力は養われるので、結果として自立心が付いて行くからです。


一方、何かにつけて、「あーしろ」「こーしろ」と首を突っ込んで来て、少し親の考えと違うことがあるだけで親が不愉快がって圧力的な態度に出ていれば、子は委縮して思考を停止してしまいます。

そして、こう言う親に限って、関心を持っていることにムラがあるので、関心が有ることには散々首を突っ込んでおきながら、本来、子が協力して欲しいと思っていても、親に取っては関心が無いことだと、「人に頼らず自分で考えろ」と言うように冷たく突き放す傾向があるでしょうから、一方で親に振り回され、他方で世間で差別的に扱われるということになりかねません。

こうなると、自信を失って自立心など悉く摘み取られてしまいます。


こういう親に生まれて来た子は、極端な話、親に飼い殺しにされるために生まれて来さされたようなものです。


換言すれば、過保護は、外から見ると違和感があるとは言え、その子の幸福にとって悪影響は及ぼさない一方、過干渉をすると、その子の選択肢を著しく狭めてしまい極めて好ましくないと思います。


あまり偉そうなことは言えないですが・・。