今回は子宮内細菌叢と妊娠能に関するお話です。

 

【はじめに】

私達の身体は多くの細菌と共存して健康を維持しています。細菌叢(さいきんそう)とは、特定の環境化で生存している細菌の集団を指します。

近年では、腸内細菌叢のお話が有名ですので、皆さまも耳にされたことがあるかもしれません。この腸内細菌叢が乱れてしまうと、下痢になったり、体調を崩す原因になります。

同様に、子宮内にも細菌が存在しており、妊娠能に影響していることが解ってきました。

実はこれまで、子宮内は無菌と考えられていました。ところが解析技術の進歩が、子宮内に細菌が存在していることを明らかにし始めました。今回ご紹介する論文では次世代シーケンサーを用いて子宮内細菌叢を解析することで、妊娠するために重要な菌と、その状態について報告した初めての論文になります。

結論としては、『子宮内菌叢の占有率においてLactobacillusが優位(90%以上)状態であること』が妊娠において重要であることが報告されています。

 

【論文紹介】

Moreno I et al., Evidence that the endometrial microbiota has an effect on implantation success or failure. m J Obstet Gynecol. 2016; 215: 684-703.

 

論文中の結果を、以下の2つに分けて簡潔にご紹介します。

①子宮内と膣内では細菌叢が異なっている

妊娠歴のある13名の女性を対象に子宮内膜と膣内の細菌叢を調べたところ、全ての検体からLactobacillus(乳酸菌と総称される細菌の一つ;末尾の言葉解説参照)が多く検出されました。ところが、両者間における細菌の存在比率は異なっていること、ならびに子宮内には膣内で検出されない細菌が存在していることからも、子宮内と膣内の細菌叢は異なっていることが明らかになりました。

 

②妊娠するためには子宮内細菌叢がラクトバチルス優位な状態が好ましい

対象は体外受精による治療を受けており、ERA(子宮内膜受容能検査)により子宮の状態が受容期と判定された32名の女性を対象としています。子宮内細菌叢をLactobacillusが90%以上占めている対象を優位群(LD;lactobacillus domain)、90%未満を非優位群(NLD;non-LD)として、胚移植後の妊娠成績について比較検討しています。

 

                       LD群      NLD群    P値

                       (n=17)   (n=15)

臨床妊娠率   70.6%      33.3%     0.03

妊娠継続率   58.8%      13.3%     0.02

生児獲得率       58.8%      6.7%      0.002

 

全ての患者が、ERAの結果から胚の受容期にあるにも関わらず、Lactobacillusが非優位な状態(NLD群)では、胚移植後の妊娠成績が有意に低くなることが示されました。つまり、子宮内菌叢を知ることは、これまで不明であった不妊原因を解明する手段の一つになり得るという事です。

(画像はヤクルト中央研究所より抜粋したLactobacillusに属する菌)

 

【最後に】

当院(英ウィメンズクリニック)では既に子宮内菌叢に着目した治療を開始しています。またLactobacillusが低い場合の改善策も確立しつつあります。

不妊原因を特定することは、妊娠に至るための近道であることは間違いありません。私達は、皆さまの身体の状態に応じた治療計画を提案できるよう、これからも努めていきます。

 

 

(言葉解説)

『乳酸菌』とは

乳酸菌という名称は、最近の生物学的な分類上の特定の菌種を指すものではなく、その性状に対して名付けられたものです。つまり、乳酸菌という菌はなく、特定の性質を持った菌を総じて乳酸菌と呼びます。なお、菌にはドメイン→門→網→目→科→属→種といった分類があります。