まー、これを現実創造の仕組みと言っていいものなのかどうか

思いつつも書いてみる。


いわゆる気分が凹む出来事があったとき。


私は
ふつうに落ち込むんですけど
いや
めっちゃヘコむんですけど

どっぷりと底辺に落ちて
膝抱えて「の」の字を
書いてたりするんですけど

それをやりながら
「気分が悪いことがおきたってことは
そろそろいいことも起きそうだな」
って思うんです。


ネガティヴをとことん味わう。
嫌な気分を感じ切る。

ネガティブな感情を積極的に肚で味わうと
そのあと
大抵いいこと起きるんですよ。


これって不思議でしょ?

信じられないでしょ?

まさかぁって思うでしょ?


でも、そーなんだよ。

ネガティブを体でとことん感じ切ると
そのあとはいいことしか起こらない。

不思議だけど体感しているから
だっってそうなんだもん、としか言えなかったんだけど。


今日。

これか!

と閃いた。





宇宙の仕事のひとつに

「バランスをとる」というのがあるんだよね。



バランスって、簡単にいうと
プラスマイナスゼロってことね。

ゼロ=無


これ、宇宙の真理じゃない?




で。
ネガティブが現れるとする。
(ネガティヴを体感するとする)


それを体感すると
(それを体がキャッチすると)
バランスを取ろうとするわけ。


ネガティヴ(マイナス)をゼロにするには
ポジティヴ(プラス)を体感すればオッケーだよね?


宇宙(体)センサーがマイナスをキャッチすると

やべーネガティブに傾いてる。
ゼロにしよう。

出でよ!ポジティブちゃんたち!

と、
ゼロになるようバランスを取ってくる。



これで
私の「ネガティブが起きた後はポジティヴが起きる」の説明がつくんじゃないかと思って。


この理論でいくと

ポジティヴが起きた後は
それをゼロに戻すためにネガティブが起きる
ということにもなるんだけど。


これってつまり、
いわゆる嫌なことが起きても
それってリズムなだけってことじゃない?

私がわるいから、なわけじゃなくて
あいつが悪いから、なわけじゃなくて

単なるバランス。

そして
大きなポジティヴを起こすためには
大きなネガティヴが必要ってことでもある。


なら。
とことん凹んでみるというのはいかがだろう?


飽きるまで落ち込んでみる、暗くなってみる。


小指をタンスにぶつけたレベルの
ネガティヴな出来事を使って

全身で痛がってみる、笑。


 痛がりながらどこかで思うのだ。

「このあといいことが起きるということか」



去年の11月。
出雲大社へ行った時、サンダーバードが遅れて
出雲行きのバスに乗れないかもしれないと
いう事態が起きた。

どうしよう?
ハラハラどきどき
手に汗かいて
そわそわして。


もーーー!!!!!
なんでよーーー!!!!

と心の中でずっと叫んでいた私だったけど、

どこかで
「こんなアンラッキーが起きるということは
このあといいことが起きるってことか」
思ってた。

果たして
息切らして走ったおかげでバスには無事乗れたし
その後の出雲大社は

マジでマジで良いことしかなかった!


特急の中で嫌な思いをした以上の
良い事がおきた。


出雲大社に関しては
呼ばれてるとしか思えないことが続いて行くことになったので
電車が遅れた時は(1時間以上遅れた)

「呼んでおいて、この扱いはなに!?どいうことよ!?」

とかなりプンプンだったけど、笑。





何をいいたいかわからなくなってきたけど
(いつものこと)


ネガティブはポジティブの前座ですよってこと。

自分を責める材料に使わなくても良いですよ、って事。



あくまで
私の個人的意見ですけどね。おねがい






独りよがりな考えを
最後まで読んでくれてありがとうございます。


あなたは神だ!ラブ