嬉しすぎて忘れないうちに書いておく。

 
 
2年前の5月。
 
私はあるイベントに参加して
そこで知り合った人たちと
ラインでグループを作った。
 
「自分を生きる部活動」
と銘打ったその集まりは
 
誰が何を言っても否定せず
受け止めてくれる場で。
 
嫌なこと
腹が立ったこと
悲しかったこと
辛かったこと
 
嬉しかったこと
楽しかったこと
 
日々の気づきや
悩みや
 
そんなことを思い思いに書く場。
 
 
一緒に喜んでくれて
一緒に考えてくれて
 
 
どっぷり闇に使っていると
そこからひょいと引き上げてくれたり。
 
 
 
 
そんな魂の同志のような仲間たちから
 
今日は
めっちゃ嬉しいことを言われた。
 
「わたしの世界をより良くするために現れた神たち。
その中で、Mayumi神は、
「導く人」
それが何度もきた。
私の世界のひとつのパラレルの中で「導く人」。
最大のトラウマの理解も結局Mayumi神のことを考えてたら解決した」
と。
 
 
私、
そのグループラインでよく愚痴るの。
 
そして気づきもよく書いた。
 
 
いろんなことが起きて
いろんなことを体験して
いろんなことに気づいて。
 
 
そんなことを2年間やってた。
 
 
 
 
その子は
わたしにいろんなことがおきるのを
なんでかな?
とちょっと不思議に思ってたみたいで。
 
 
その答えが「導く人」になるためだから、だと。
 
 
 
「恋愛したことない人に結婚相談したくないし、
モテ続けた人に失恋の相談したくない。
富豪の家に生まれた人に借金の相談したくないやん」
 
たしかに
辛い経験、しんどい経験してないひとに
悩みごとの相談はしたくないよね。
 
んで、
解決経験を持ってない人にも相談したくない。
 
辛さを知っている人
そしてそこからの抜け方を知っている人
 
この二つがあると
最強ってことなんだ。
 
 
同志の女神たちに「導く人」と言われて
体の細胞が震えて喜んだ。

 
そうか、
私は、導く人になりたかったんだな。
 
 
いろいろ起きる
しんどい出来事たちは
 
わたしの成長のため
そして導く人としてのわたしのお役目のために
おきてたのかも。
 
 
人は体験したことしかわからない。
 
そして
体で学んだことは
説得力が違う。
 
 
 
 
 
わたしは
積極的には誰かを導かない。
 
わたしの経験を通して
わたしの気づきを通して
 
間接的に
結果的に誰かを導く。
 
そんな「導く人」になりたい。
 
 
 
 
 
去年の9月に「人間卒業」と言われて
「社会を生きづらい人たちのガイドとしてのお役目として生きていってください」
 
と言われたことを思い出して
 
これからは
もっと意識的に「導く人」として
生きることにします。
 
といっても
ゆるゆる自然体で
 
のんびりほんわか
ゆったりのほほん
 
今までと変わらずやっていきます。
 
 
ただ
意識は変わった。
 
今までは
遠慮してた。
 
わたしなんかが、って
どこかで思ってた。
 
 
これからは
堂々と「導く人」として
いきることを選択します。
 
 
わたしはわたしを生きることを通して
導く人になります。