人類にみな共通して言えるのは、

今その人格が形成されているのには

必ず理由があるということ。

 

その理由というのは

幼少期から学生時代に形成されるものだと思う。

 

私はなぜこんなクソみたいな性格になったのか、

いろいろと考えてみた(^ω^)。


その結果が、以下長文。

 

 

私の家は自営業だった。


母方の祖父が会社を立ち上げ、

小学生まではそこら辺の家の子より

ちょいと裕福な生活だった。

 

おもちゃやゲームはたくさん買ってもらえたし、

うまいものも食べた。

 

だけど両親ともに仕事が忙しく、

昼間はいつもベビーシッターさんのようなおばちゃんに

遊んでもらっていた。

 

幼少期の私はぬいぐるみが大好きで、

絵本が好き、お絵かきが好き、

ごっこ遊びが好き、折り紙が好き、

あやとりが好き、着せ替え人形が好き、

そんなインドアな子供だった。

 

この持って生まれたと思われるインドアな性分は

もう生涯直る見込みがないだろう(^ω^)わぁ

 

人見知りが激しく、引っ込み思案で、

男の人は大嫌いだったのを覚えている。

なぜかは知らない。

 


私は幼稚園に通い、

弟は保育園に通っていた。


弟はいつも夕方まで保育園にいたため、

平日の昼間に弟と遊んだ記憶がない。

 

父は朝7時前に一度会社に出社しており、

子供たちが起きるころにはもう家にいなかった。

 

でも夜は家に帰ってくるのがとても早く、

帰ってくるなり速攻風呂に入る父だった。

 

弟と喧嘩して父にはしょっちゅう

尻や頭を叩かれていたので、

小さいころはパパが嫌いだった。

だって尻痛いし。

 

母は会社の事務をしていて、

日中はあっち行ったりこっち行ったり、

毎日バタバタしていた。

 

たとえ仕事が忙しくても、

平日は毎日、ママの手料理だった。


当たり前だと思っていたそれが、

とても凄いことだと気づくのは、

それから二十年後のことである。

 

冷食・惣菜は子どものころ

ほとんど食べた記憶がない。


学校の給食はよく残していたけれど、

ママのご飯はたくさん食べた。

 

(結果、丈夫な肉体に育ちました。)

 

当時給食をおいしいと思ったことは

ほとんどなかったけれど、

年を重ねると食べたくなる給食。

不思議なものね(^ω^)。

 

因みに週末の夜は大抵外食だった。


 

(母方の祖父は同居していても離れにいたためか、

一緒に食卓を囲んだことがない。)


(お小遣いをもらうために

離れのじいちゃんの部屋にはよく行っていた。)


(母方の祖母は母が若い頃に亡くなっていて、

父方の祖父母はもう絶縁しているので分からない。)


(ちなみに親戚とももう一切関わりがなく、

絶縁しています。)

 


小学生の頃の私は、

同級生の全然仲良くない子の誕生日会に、

プレゼント目的で呼ばれることがあった。

 

『他の子よりいいプレゼントをくれる人』

 

誕生日会用のプレゼントは

母が毎回適当に買ってきていたので、

中身がどんなものなのか、

私はよく知らない。

 

「普段遊んだことなんてないのに、

こんな時だけ物欲しさに呼ぶんだな(^ω^)」


子どもながらに

心の中でそんなことを思っていた。

 

なんでそんな子たちの誕生日会に

行っていたのだろう。

仲間はずれが怖かったのかもしれない。

 

とりあえず人間はクソと

その頃から思い始めたんだと思う。

 

他に印象に残っているのは

両親が教員をやっている同級生の話。

 

その子の家が比較的近くて、

よく一緒に帰っていたのだけれど、

帰り道には意味不明ないじめ言葉を吐かれていた。

 

もうひとり、いつも一緒に帰っていた子は

いつも笑っているだけで、

「どうしていつも笑っているだけなの?」と

心の中では思っていた。

 

毎日嫌なことを言われるので小学校三年生のときに、

「今日から一人で帰る」と

一緒に帰るのをやめたのを覚えている。

 

そんな感じで小学生のころには既に

『顔で笑って心で死ね』と

思うようになっていたのだと思う。

 

悪いことばかり書いたけど、

仲良くしてくれる友達はいたし、

それなりに楽しくは過ごしていた。

 

不登校になったことも

保健室登校したこともない(^ω^)。


 

私の地元は田舎で、

所謂限界集落のような汚い人間がとても多かった。

 

お金がある人には汚い人間が寄ってくる、

まさにそんな感じ。


金があるという理由で

私の祖父も父母もたくさんの人間に騙され、

借金塗れになり、最終的に実家もなくなり、

これ以上は&’)S’A(&’!*+>(^ω^)。


実家があった土地には

知らない人の家が4軒建っているのを

4年ほど前に見た


小学生の頃はそれなりにお金があったけど、

中学校に入る前くらいから徐々に金回りが悪くなり、

今は完全に貧乏暮らし。


今貧乏だけどうちのママはお金持ちの頃の名残なのか、

持ち物や美容に細かい。

ちょっと口うるさいけど頼りになる。


『見る人が見たらすぐ分かるんだから、

それなりの格好をしときなさいよ』


よく言われる(^ω^)


この金回りが逆ならよかったのになぁと思うことも

しばしばあるけど、

そんなこと考えたって仕方ない。



高校のころには恋愛のしがらみから

靴を盗まれて燃やされ、

プリクラを市内中にカラーコピーしてばら撒かれ、

財布からは金を抜かれ、

携帯を弁当箱に隠されてミートソース塗れにされ、

彼氏は浮気性など、

わりと踏んだり蹴ったりなこともあった。


結果的にそれがこの

クソのような人間を作り上げることになったのだけれど、

好意的に接してくれている人たちには

本当に感謝する。


この幼少期から学生時代の話が


・陰湿

・人との間に壁を作る

人は信用しない

・打算的


などなどに結びつくわけ(^ω^)


生まれ変わったらとにかく明るいはるちゃんになりたい。

はるちゃんだお(^ω^)





自分が「してやった」みたいな言い方をする奴ほど

人から「してもらった」ことは全然覚えていない。

 

恩着せがましい。自分のことばかり。

被害者ぶってんじゃないよ。


私は好きな人のためになにかを

「してやった」と思ったことはない。


自分がしたいからそれをしているんだ。

勘違いするなカス


(^ω^)。