私の中でずっとある気持ち…。

なかなか外に出せずにいるのですが、ここに書きたいと思います。
自分でも答えが出てないことなので、まとまらないとは思いますが…。


ハルの心臓は長い年月の中で、悪化、回復を繰り返しながら少しずつ機能が低下していったのですが、亡くなる1年くらい前から急激に状態が悪くなりました。
死を早めてしまったのは、心臓悪液質が大きな原因でした。

心臓悪液質について、あちこちで調べました。
(症状としては癌による悪液質と似ていたので、そちらもたくさん調べました。)
でも、有効な治療法は確率されていなく、結局は対処療法だけ。根本的に悪液質を治すことは現在の医療では難しいようでした。

悪液質は、身体の中の脂肪だけでなく、筋肉も奪っていきます。元々痩せ型でしたが、肉がえぐりとられるようになくなって骨と皮だけになっていきました…。

最期は自分で寝返りをする力もなくなり、亡くなる2週間前くらいからは首の筋肉もなくなってしまったのか、支えてあげないと首がガクッと折れてしまうこともありました。(首がすわる前の赤ちゃんのような感じ…)


※同病の方も読んでくださってると思うので、誤解されないでいただきたいのですが、末期の心臓病患者が、みんなこのような経過をたどるわけではありません。
あくまでハルの場合です。
症状は十人十色ですので…。


少しでも悪液質の進行が止められるようにと、栄養管理は以前にも増してするようにしました。
だけど、病気の前に、私などの力はあまりにも無力で、何もできなかった…。

結局、何もできなかったんです。
日々衰弱していく夫を前に、何も、何もできない。
敗北感、無力感でいっぱいでした。

それでも、ハルが生きてる間は、必死でした。
毎日、精一杯でした。
何もできなかったけど、やれることはやったという思い。矛盾するようだけど、それが正直な気持ちです。


あれから、まもなく1年半…。
私の中で、もっとできることがあったんじゃないか、という思いは晴れないまま、後悔、無念として残っています。
もちろん、無理矢理でも移植登録に持っていければ…というのは根底にあるのですが、その気持ちには蓋をします。
それだけは…。

だけど、もっともっと前から、私に悪液質についての知識がもっとあって、進行を遅らせることができたら。
もう少し生きられたのかもしれない。
栄養士なのに。悔しいよ、あなたは何のために栄養学を学んできたの!?

そんな風に自分を責めたり…。

ううん、ここまで専門家が研究してきても確固たる治療法が見つかってないことなのだから、私がどうこうできることじゃない。

それはあなたの傲慢よ、サクラ。

そんな風にも思ったり…。



ハルが亡くなって、在宅医療に必要だったもの、心臓の薬や病気に関わるもの、ほぼすべてを処分しました。
だけど、私が心臓病や栄養学について学んだ本や、取り寄せた論文などは処分できず、置いてあります。

それは、私の中で昇華されてない思いがあるから。

「末期心不全と栄養」に関わることを本格的に学んでみたい。
何かできることが見つかるかもしれない。
私のような思いになる人がいるとしたら、1人でも誰かの助けになれるかもしれない。

そんな気持ちがふつふつと沸いてくるのです。

あなたに何ができるの。
学ぶって仕事やめる気?
仕事やめて生活はどうするの?
今さら研究したってハルはもう戻ってこないのよ?
それってただの自己満足じゃないの?

…そんな風に自分を諌める声も同時に自分の中から聞こえるのですが。



このことを考えると、必ず思い出すのが、亡くなる2週間前くらいのハルの言葉。
「こんなに料理上手な奥さんなのに、ちっとも食べられない旦那でごめんね…。」って。
悲しい顔してた。

泣いちゃいそうだったけど、泣いちゃいけないと思ったから、「おセンチなモードになっちゃったの~?」ってわざとふざけて言いました。

私の言葉にふっと表情をゆるめてくれたハル。

今思えば、ハルは私の感じてた敗北感、無力感を感じ取り、あの時ごめんね…って言ったのかな…って…。

だとしたら、ごめんね、ハル。
あんな悲しい顔をさせてごめんね。


誰しも後悔はあるとは思うのですが。
こうやって向き合っていくことが遺された者の宿命なのでしょうか。
どれだけ苦しんでも、悲しんでも、もう戻れない。ハルはもう戻ってこない。
それが、圧倒的な絶望感です。



私の心の中の葛藤です。
まとまらない長文、最後まで読んでくださりありがとうございました。