命をかけた男たち
 
                                                     ◇まゆつば国語教室20
 
えっと。
前回19のまゆつば、読んでいただけたでしょうか。
「ほしねこ占い」に紛れてしまったような気が……(^^;)
 
さて、今回は久しぶりに漢文で。(えっ… (・Θ・;))
 
いちおしの『十八史略』から、名場面を一つ。
始皇帝を暗殺せんとする刺客・荊軻(けいか)の話です。
『史記』がモトですが、今回は『十八史略』の方の文章です。
力強く格調高い文章に、うっとりさせられます。
うっとりしながら、当時の中国の男たちの“美学”にも触れてみましょう。
 
 
舞台は燕(えん)の国。今の北京を含む中国北東部。当時は辺境の弱小国です。
その燕の太子に丹(たん)という人がいた。
丹は若い時、強国の秦で人質になっていました。
弱小国の王が、子供を人質として強国に差し出すのは、当時よくありました。(始皇帝も人質になっていたことがある。)
が、この丹に対して、政(始皇帝の名前です)は冷たく当たり、丹はずっと恨みに思っていた。それがすべての始まりです。
 
さて、秦の将軍で樊於期(はんおき)という人が、始皇帝に処罰されそうになって、燕に亡命してきました。
これも当時よくあったことで、ばれないように家族を連れて夜逃げするんですね。
丹は快く受け入れて、厚遇しました。
 
さてさて、政(始皇帝)への復讐に燃える丹は、荊軻というすごい武人がいることを聞きつけ、礼を尽くして招きます。
家や俸禄、家来を与えて、至れり尽くせり。
丹の厚遇に感じて、政を暗殺する刺客となることを承知した荊軻は、驚くようなことを丹に願い出ます。
 
軻、樊将軍の首及び燕の督亢(とくこう)の地図を得て、以て秦に献ぜんと請ふ。
 
始皇帝に近づくため、樊将軍の首と、燕の地図(地図は戦略上の重要機密。今でも独裁国家では詳細な地図を公表しない)を手土産にしたいというのです。
 
丹は樊将軍を殺すのに忍びず、首を縦に振らない。
そこで軻は、樊於期に直接交渉します。(直接交渉!)
 
「願はくは将軍の首を得て、以て秦王に献ぜん。必ず喜びて臣を見ん。臣、左手に其の袖を把(と)り、右手もて其の胸を揕(さ)さば、則(すなは)ち将軍の仇(あだ)報いられて、燕の恥雪(すす)がれん」と。
於期
(樊於期)、遂に慨然(がいぜん)として自刎(じふん)す。
 
すごいですね。憎い始皇帝を暗殺するために、あなたの首をくれ、決して無駄にはしない──。
「慨然」とは、辞書には「憤り嘆く」「心を奮い起こす」とあります。樊於期は、よしわかった、と言い、自分で首をはねた。
『始皇帝暗殺』という映画では、水平にした刀を首の後ろに当て、両手で前へ……。
 
太子の丹はつっぷして泣き、首を箱に入れます。
鋭い匕首(あいくち、短刀)を探し求め、毒を塗って人に試みると、たちどころに死んだ──。
罪人とか捕虜とか下賤の民とか、こんなふうに簡単に実験台とか、神様への生け贄とかにされます(;´Д`)
 
いよいよ出立。
秦に向かう途中の易水(えきすい)という川のほとりで、荊軻は詩を吟じます。
一番の名場面です。
 
行きて易水に至り、歌ひて曰はく、
「風蕭蕭
(しょうしょう)として易水寒し。
壮士一
(ひと)たび去りて、復(ま)た還(かへ)らず」と。
 
「また~ず」というのは、「不復~」なら「二度と~しない」、「復不~」なら「今回も~しない」と二通りありますが、ここはもちろん「不復~」です。
荊軻、生きて帰るつもりはありません。
 
時に白虹(はくこう)日を貫く。
燕人
(えんひと)、之を畏(おそ)る。
 
白虹というのは、霧の時にまれに現れる白い虹で、兵乱の前触れとされました。
白い虹が太陽を貫くようにかかっているのを見て、燕の人々は大きな兵乱を予感して恐れます。
 
荊軻は、いよいよ秦の都、咸陽に入ります。
 
                     つづく。 continued (=^x^=)