精霊の話 その2
 
                                       ◇まゆつば国語教室30
 
 
前回の話、子供用の本に収録されているとか。
けっこうメジャーな話だったんですね。知らなかった(^^;)
じゃあ、これはどうだっっっ!! 
って、もしかすると今回のも………?
 

 2 池の中から
 
冷泉院(れいぜいいん。冷泉上皇)の豪邸があった所が舞台です。
冷泉院亡きあと豪邸はなくなり(火事だったか?)、北側部分は小路を切って何軒もの人家になり、南側部分は池が残って、その周りにやはり人家が建ちました。
 
ちなみに、冷泉院というのは、子供のころから精神に病があり、天皇になってからも数々の奇行で知られた人です。
さて、その南側の方の人家での話。
 
夏ごろ、西の対(たい。寝殿造りの一つの棟)の縁に人の寝たりけるを(寝ていたが)、長(たけ)三尺ばかりある翁の来て、寝たる人の顔をさぐりければ、怪しと思ひけれども、恐ろしくて、いかにもえせずして(できずに)、虚寝(そらね)をして臥したりければ、翁、やはら(そっと)立ち返りて行くを、星月夜(ほしづくよ)に見やりければ、池の汀(みぎわ)に行きて、かき消つやうに失せにけり。
 
やはり、こわい話は夏がおあつらえ向き。
縁側で人が寝ていると、身長1メートルくらいの小さな爺さんがやってきて、寝ている人の顔を手でさぐった。
え? 手でさぐった?(((;゚Д゚)))
 
寝ていた人は、顔を触られて気づいたけれど、怖くて何も出来ない。
寝たふりをしていると、爺さんはそのままそうっと去っていく。
星月夜の薄明かりのなか、爺さんは池のふちまで歩いて行き、そこでふっと消えた……。
 
池はらふやうもなければ(池を払う方法もないので)、うきぐさ、菖蒲生ひ繁りて、いとむつかしげにて(不気味で)おそろしげなり。
されば、いよいよ池に住む者にやあらむ
(であろうか)と怖ろしく思ひけるに、その後、夜夜(よなよな)来つつさぐりければ、これを聞く人皆おぢ合ひたるほどに、
(つはもの)だちたる者(勇猛な者)ありて、
「いで己
(さあ俺が)、その顔さぐるらむ者必ず捕へむ」と云ひて、その縁にただ独り苧縄(おなわ。麻糸でなった縄)を具して、臥して終夜(よもすがら)待ちけるに、宵のほど見えざりけり。
 
爺さんが消えたのは、草の生い茂った不気味な池です。
池に住むあやしいモノ(霊)なのか、爺さんはそれから毎晩やってきて、寝ている人の顔をさぐります。
 
──と、ここで勇者登場!( ̄∇ ̄+)
オレが捕まえてやる!!と、ひとりで縄を持って池へ行く。
宵のうちは、爺さん現れない………。
 
夜半(よなか。零時)は過ぎやしぬらむ(過ぎただろうか)と思ふほどに、待ちかねて少し寝たりけるに、面(おもて)に物のひややかに当たりければ、心にかけて待つ事なれば、寝心(ねごころ)にもきとおぼえて(ハッと思われて)、驚くままに(目覚めるままに)起き上がりて捕へつ。
苧縄を以て、ただ縛りに縛りて高欄に結ひ付けつ。
 
やっぱり、眠ると現れて、顔をさぐる……。
しかし、そこは勇者。寝ていても、心の中はバトルモードのまま。
 
ついに捕らえました。
連行して、家の欄干に縛り付けた。
 
さて人に告ぐれば、人集まりて火をともして見ければ、長(たけ)三尺ばかりなる小翁(こおきな)の浅葱(あさぎ)上下(かみしも)着たるが、死ぬべき気(け)なる、縛り付けられて目をうちたたきてあり。
人、物問へどもいらへもせず。
 
縛り付けられて、爺さんは弱っている様子。
いろいろ尋問しても答えません。
 
「小翁の」の「の」は、「同格の『の』」というやつです。
背丈が三尺くらいの小さな翁で、浅葱色の裃(かみしも)を着た翁が、~
と訳すキマリです(笑)
 
とばかりありて(しばらくして)少し笑ひて、とかく(あれこれ)見まはして、細くわびしげなる声にていはく、
「たらひに水を入れて得させむや
(得させてくれませんか。与えてくれませんか)」と。
然れば、大きなるたらひに水を入れて前に置きたれば、翁、頸
(くび)を延べてたらひに向ひて水影(水面? 水に映った姿?)を見て、
「我は水の精ぞ」と云ひて、水につぶりと落ち入りぬれば、翁は見えずなりぬ。
さればたらひに水多くなりて、端
(はた)よりこぼる。
縛りたる縄は結ばれながら
(結ばれたまま)水にあり。
翁は水になりて、とけにければ、失せぬ。
 
爺さん、水の精霊だったんですね。
たらいに水を入れてくれと言うので、その通りにすると、首をのばして水の中へずぶり。
そのまま消えてしまいました。
水に溶けてしまったんです。
爺さんのぶん、量が増えて、たらいから水がこぼれるのがリアリズムですね。
 
しかし……
「水の精」というと、“はかなげな美しい少女”限定ですよね。ぜったい!
爺さんって、そりゃ反則だろ! 
と思わずつっこみたくなる。
 
で、そのあと、
 
人皆これを見て、驚き怪しびけり。
そのたらひの水をばこぼさずして、かきて池に入れてけり
(入れた)
それより後、翁来て人をさぐることなかりけり。
これは水の精の
(水の精が)人になりてありけるとぞ、人云ひけるとなむ語り伝へたるとや。
 
たらいの水をこぼさないように、しっかり抱えていって、池に返した。
 
いい対応ですね!
精霊に対する恐れもあるだろうけど、それより、人々の「やさしさ」を感じます。
 
しかし、この水の精霊、寝ている人の顔をさぐるだけなんて、いったい何がしたかったんでしょ???
この意味不明さが、いちばんの魅力だと思います。
 
 
その3に続く。
 
 
お。気づけば、30まで来てしまいました。
まゆ国シリーズ、意外な健闘(笑)