精霊の話 その3
 
                                                                                ◇まゆつば国語教室 31
 
 
そろそろ飽きられそうなので(笑)、これが最後の精霊です。
柱の穴から、水の中から──と来て、今回は「土の中から」。
 
 
 3 土の中から
 
舞台は東三条殿(ひがしさんじようどの)。藤原道長の父、兼家が建てた邸宅です。
この話の時には、式部卿の宮と呼ばれる人が受け継いで住んでいました。
「式部卿の宮」というのは、式部省の長官をつとめる皇子で、文中では御子(みこ)と呼んでいます。
さて、その時のこと──
 
南の山に丈(たけ)三尺ばかりなる五位のふとりたるが時々歩きけるを、御子見給ひて怪しび給ひけるに、五位の歩く事すでに度々になりにければ、やむごとなき(霊験あらたかな)陰陽師を召して、その祟り(たたり)を問はれければ、~
 
南の山というのは、たぶん、庭の築山(つきやま)のこと。
役人の位は、三位(さんみ)までが雲上人(うんじょうびと)と呼ばれる上流貴族で、五位までが貴族だから、五位というのは下級貴族です。
「五位が歩いていた」といきなり描写しているのは、位によって服装の色が決まっているから。見れば分かる!
 
あ。それから、
「三尺ばかりなる五位の」の「の」は、例の「同格の『の』」ですね(授業うざい(^^;))。
 
背の低い、太った五位が庭をたびたび歩くので、これは何かのタタリでは( ̄□ ̄;)!!と考えたんですね。
えらい陰陽師を呼び寄せた。
 
陰陽師、「これは物の気(もののけ)なり。但し、人の為に害をなすべき者にはあらず」と占ひ申しければ、「その霊はいづこにあるぞ。また何の精の者にてあるぞ」と問はれければ、陰陽師、「これは銅の器の精なり。宮の辰巳の角(すみ)に土の中にあり」と占ひ申したりければ、~
 
古文はしばしば、だらだらと一文が続きます。
適当に区切って読みましょう(^^;)
 
やはり物の怪と判明。(「モノの気」が語源なんですね)
ただし、人に害をなすものではないと。
で、皇子は「その精霊(の本体)はどこにあるのか」「何の精霊なのか」と尋ねます。
 
ここ、おもしろいです。
物の怪が庭を歩いているんだけど、その“本体”はどこかにある──という考え方です。
 
陰陽師が言うには、なんと、「銅の器の精霊」だと。
 
は? なに? 
銅の器の精霊?
 
完全に想定外!!!
その本体は、御殿の辰巳(南東)の隅の土の中にあるんだとか。
 
陰陽師の申すにしたがひて、その辰巳の方(かた)の地を破りて、また占はせけるに、占ひに当たりたる所の地を二三尺ばかり掘りて求むるになし。
陰陽師、「なほ掘るべきなり。さらにこの処は離れじ
(絶対にこの場所から離れてはいまい)」と占ひ申しければ、五六寸ばかり掘る程に、五斗納(ごとのう? 大きさの説明らしいけど詳細不明…)ばかりなる銅の提(ひさげ)を掘り出(い)でたり。
 
なかなか見つからなかったけど、「まちがいない。ここだっ!」という陰陽師を信じてどんどん掘っていくと、ついに発見。
ひさげというのは、取っ手のついた容器。たとえば、こんなんです。
 
  ──ネット「ひさげ、画像」から
 
其の後よりなむ、この五位ありくこと絶えにけり。
されば、その銅の提の
(ひさげが)人になりて歩きけるにこそはあらめ(歩いていたのであろう)。
いとほしき事なり。
これを思ふに、物の精は、かく人になりて現ずるなりけりとなむ、皆人知りにけりとなむ語り伝へたるとや。
 
掘り出したら、五位がうろうろすることはなくなりました。
掘り出しただけ?
何らかの供養でもしたんでしょうか。
 
「ありく」というのは重要語で、あちこちうろうろすること。「あるく」と違って、馬や舟に乗ってあちこち行くのもアリです。
 
筆者は五位がうろうろしていたのを「いとほしきこと」と言っています。
いとほし、というのは、「気の毒だ」と訳すことが多い言葉。
好きでうろついていたのではなく、まして、人をおどかそうとかいたずらしようとしたわけでもなく、心ならずも迷い出てしまった……ということのようです。
 
大事にされず、うち捨てられるまま土に埋まっていることが悲しくて、納得できなくて、さまよい出たんでしょうか。
 
五位が小さくて太っていたのは、きっと、ひさげの形からなんでしょう。
精霊は生き物系だけでなく、こういう道具系もあるんですよね。
古い道具が妖怪になった「付喪(つくも)神」も、同根のものでしょう。
道具だって、長く使われていれば命を持つ。

しかし、なぜ五位に?
なぜ庭をうろついた?
あ。
気づいて、掘り出してほしかったのか……。
謎が謎を呼ぶお話です。
 
 
 
PS ; 猛暑と気力減退につき、まゆ国はしばらくお休みしようかと思います。
    よろしくです <(_ _)>