愛される苦悩 後編
 
                                     ◇まゆつば国語教室 35
 
 
「新美南吉童話賞」が9/15締め切り。
で、「浜松市森林のまち童話大賞」が9/29、「日本新薬こども文学賞」が9/30締め切り。
皆勤ねらいの「TOBE」(虫)にも出したいし……。
 
それが実は、22~26日に台湾に行くんですよ。(かみさんが安いっ!と予約した。たしかに飛行機とホテル4泊合わせて一人3万!)
せっかくだから、旅行会話の本で、英語と、前に少しやった中国語を復習しておこうかと……。
 
何が言いたいかというと、
 
公募に出す余裕がない!
 
 
ここで弁解しても何の意味もないんですが(笑)、
ま、3つの童話賞のうち、どれか1つを出せればいいかな、と方針変更。
1つくらいなら、きっとアイデアも出てくるに違いない(ほんとか)。
……というわけで、きょうは気分転換に「まゆこく」の続きです(大丈夫なのか)。
 
     *     *     *     *     *
 
前回「多くの男に愛されて」から、今回は「二人の男に愛されて」のお話。
ただし、それは本当に愛されたのだろうか……。
 
さすが紫式部、単純な筋立てでは済ませず、女性の微妙な心理の底を深く深くとらえています。(源氏物語のこの最後の部分は、他の作者によるという説もある)
 
光源氏が亡くなった後の、子供たちの物語です。
本編のきらびやかな王朝絵巻とは趣を変え、物憂げな、静かな空気感の中で話は進んでいきます。
主な舞台も、華やかな都から離れて、当時隠遁するのに好まれた南東の宇治に移るので、「宇治十帖」と呼ばれます。
 
主な登場人物は、
 
八の宮(はちのみや) ……皇族ではありつつ出世できず(八番目の子だし)、宇治で隠遁生活している。

薫(かおる) ……光源氏の息子。自分の出自を疑い、悩んでいる(当たり!じつは源氏の正妻がほかの男と通じてできた子)。世をはかなむ八の宮にひかれて宇治に通ううち、長女の大君を見初める。大君亡きあとは、浮舟の世話をするようになる。
 
大君(おおいぎみ) ……八の宮の正妻の長女。仏の道に親しみ、薫の恋慕を拒絶する。その後、病に倒れ、薫の看護もむなしく急死する。

浮舟(うきふね) ……八の宮がお手つきで生ませた娘。田舎で過ごしていたが、出世(位の高い男との結婚)を願う母の後押しで宇治に引き取られる。大君に生き写し(これが大事!)で、薫が世話することになる。
 
匂宮(におうのみや) ……源氏の娘である明石の中宮が、帝との間に生んだ子。源氏の孫にあたるが、薫と同世代。八の宮の次女である「中の君」と結婚しているが、色好みで、新たにやってきた浮舟にも興味津々!
 
人物の骨格だけ書いても、ストーリーが転がりだしそうですね。
ちなみに、薫とか、匂の宮とか、近づくと芳香がただようんだそうです。
嗅覚って大事だったんですね(今も?)

薫は誠実で、思索的で、女性に紳士的な男です。浮舟の面倒をまめに見てくれます。
匂宮は、明るく、風流心あふれる色好み。悪くいえばチャラ男(言い過ぎ?)です。
 
これだけ見ると、そりゃ薫だろ!迷うなよ!
となりそうですが、
薫が本当に見ているのは、浮舟のなかの「大君」なのです。
浮舟は身代わりなのです。
一緒にいても、心ここにあらず……。
 
匂宮は、チャラ男かもしれないけど、情熱的です。
浮気心とわかっていても、その強い視線に射すくめられると……

と、解説ばかりしていても仕方がない。
「まゆつば」の眼目はお勉強なので(そうなのか)、今回は、匂宮が薫の声をまねて浮舟の寝所に忍び込む(犯罪だろ)場面を、ちょっくら読んでみましょう。
子供は読まないでね(^^;)
 
[匂宮は]忍びやかにこの格子(こうし)をたたきたまふ。
右近
(うこん。浮舟の女房)聞きつけて、「誰(た)そ」と言ふ。
声づくりたまへば、あてなるしはぶき
(高貴な方の咳払い)と聞き知りて、
「殿
(=薫のこと)のおはしたるにや」と思ひて、起きて出でたり。
「まづ、これ開けよ」と
[匂宮が]のたまへば、
「あやしう。おぼえなきほどにもはべるかな。夜はいたう更けはべりぬらむものを」と言ふ。
 
まず格子戸をトントン。
誰?と言われて、作り声でコホン。
薫様かしら……女房の右近が起きだすと、「早く戸を開けなさい」と今度は長い言葉。
右近、不審を抱きます。いつもよりずいぶん遅いお出ましだし……。
 
この後、遅くなった言い訳を匂宮がとっさに語り、右近は騙されて戸を開けます(カギがかかっている?)。
でも、暗いので、姿はまだ見えません。(顔も隠しているか。)
 
「道にて、いとわりなく恐ろしきことのありつれば、あやしき姿になりてなむ(ひどい格好になって)。火暗うなせ」とのたまへば、
「あな、いみじ
(あら大変)」とあわてまどひて、火は取りやりつ。
「我、人に見すなよ
。[私が]来たりとて、人驚かすな(人を起こすな)」と、いとらうらうじき(巧みな)御心にて、もとよりもほのかに似たる御声を、ただかの御けはひ(薫の様子)にまねびて入りたまふ。
「ゆゆしきことのさまとのたまひつる
(ひどい事とおっしゃったのは)、いかなる御姿ならむ」といとほしくて(気の毒で)、我も隠ろへて見たてまつる。
 
途中でひどく恐ろしい目に遭ったので(強盗とか)、服装が乱れている。火を暗くせよ、と匂宮。
みっともないから他の人を起こしたりするな。
右近も気になるけれど、見ては失礼かと思い、物陰に隠れます。
 
匂宮、慣れてますね。さすが!
 
いと細やかになよなよと装束きて(そうぞきて。繊細な着こなしで)、(こう)の香うばしきことも(薫に)劣らず。
[浮舟に]近う寄りて、御衣(おんぞ)ども脱ぎ、馴れ顔にうち臥したまへれば、
「例の御座
(おまし)にこそ(いつものお席にどうぞ)」など[右近が]言へど、[匂宮は]ものものたまはず。
 
ここでお供の男たちなど、しもじもの会話が少し入り、匂宮はいよいよ浮舟のおふとんへ。
 
女君(おんなぎみ=浮舟)は、「あらぬ人なりけり(薫とは別人だ!)」と思ふに、あさましういみじけれど、声をだにせさせたまはず(声も出せない)
いとつつましかりし所にてだに、わりなかりし
御心なれば、ひたぶるにあさまし(浮舟は驚くばかり)。
初めよりあらぬ人と知りたらば、いかがいふかひもあるべきを、夢の心地するに、やうやう、その折のつらかりし、年月ごろ思ひわたるさまのたまふに、この宮と知りぬ。
 
浮舟は別人だとすぐにわかったんですね。間近で感じる気配が違う?
「あさまし」は驚きの心情でしたね。繰り返されています。
初めから別人とわかっていたら、やりようもあったけれど……。もうどうしようもない。
夢を見るような、ぼんやりした気もちの浮舟(ここ、絶妙ですね)。

ずっと思い続けていたんです、つらかった、と語る声に、匂宮だと初めて気づきます。
 
いよいよ恥づかしく、かの上(匂宮の妻である姉の中君)の御ことなど思ふに、またたけきことなければ(強い心がないので)、限りなう泣く。
(匂宮)も、なかなかにて、たはやすく逢ひ見ざらむことなどを思(おぼ)すに、泣きたまふ。
 
恥ずかしく、また、姉が匂宮の妻なのに……とも思うと、涙が止まらない。
匂宮も、思いはいったん遂げたけれど、これから簡単には会えないだろうことを思うと、やはり涙に暮れるのでした。

「なかなか(中中)」というのは、中途半端だとか、かえってしないほうがいい、とかいう意味の重要語です。
 
浮舟は匂宮に溺れます。
匂宮は、宇治川の対岸の別荘を改装して「愛の巣」を作り、二人は舟で別荘に渡って、めくるめく時を過ごすのです。
そのあたり、源氏物語の中でも珍しく過激描写があります。
が、ここは健全ブログなので(そうかな)、気になる方はご自分で……(^^;)

さて、その舟で浮舟が詠んだ歌。
 
橘の小島の色は変はらじを この浮舟ぞ行方知られぬ
 
この歌から、彼女は「浮舟」と呼ばれるようになるんですね。
この浮舟のように、自分がこれからどこへ行くのかわからない……。
 
しかし、事情を察した薫から、浮舟は激しく責められます。
はっと我に返ると、この愛に溺れていいはずはない……。

住まいは薫の命を受けた武士たちで固められ、匂宮も近づけない。
二人の男の間で苦しんだあげく、浮舟はついに宇治川の流れに身を投げるのです。
 
心配した母の使いに、浮舟が返した辞世の歌。
 
鐘の音の絶ゆるひびきに音(ね)をそへて わが世尽きぬと君に伝へよ
 
浮舟が死んだといううわさを聞き、悲しむ薫と匂宮──。
(二人の関係は超微妙です。宮中ですれ違う時も言葉なし)。
 
でも、浮舟は、たまたま通りがかった延暦寺・横川(よかわ)のお坊さんに助けられ、仏門に入っていたのでした。
薫からの手紙を持って訪れた弟の小君に、浮舟は「人違いです」と伝え、会うこともしません。
 
これが長編ドラマ「源氏物語」のエンディングです。
なにかあっけない幕切れなので、源氏物語は未完なのではないかという説もあるようです。

「源氏物語」は光源氏を中心とした「みやびな男たち」の物語ととらえられがちですが、紫式部の眼差しは、じつはずっと、男社会の陰で苦しむ女性たちに向けられているような気がします。
紫の上しかり、藤壺の宮しかり、明石の上、葵上、六条の御息所、女三宮……みんなみんな苦しんでいます。
 
女人は汚れ多い身だから成仏できない、と言われていた時代。
最後の浮舟の姿を描くことで、女たちが仏道によって救われることを紫式部は強く願ったんじゃないでしょうか。