吉夢だけれど……今昔の夢 2
 
                                                               ◇まゆつば国語教室 44
 
 
「今昔の夢」という副題をつけておきながら、今回は『宇治拾遺物語』からのお話です。

夢は、神仏がその意思を伝えるものなので、夢が暗示する未来は必ず実現します。
吉夢であれば良い未来、凶夢であれば悪い未来が訪れます。
そこで他人の夢を奪ったり買い取ったりする利口な人も現れるんですが、この夢の世界には一つの厳格な「戒め」が存在します。
 
すなわち、「人に語るなかれ」!
 
前回の話のように吉夢を奪われる危険があるし、そもそも「お告げの夢」というのは、人に語ったとたん効力が消えたり小さくなったりするもののようです。
そこで今回は、せっかくすごい吉夢を見たのに……という、ちょっとザンネンなお話。
 

これも今は昔、伴大納言善男は佐渡国郡司が従者なり。
彼の国にて善男夢にみるやう、西大寺と東大寺とをまたげて立ちたりと見て、妻
(め)の女にこのよしを語る。
 
伴善男(とものよしお)は平安時代初期の政治家。
応天門が放火された応天門事件の首謀者とされ、伊豆に流罪となります。
伴大納言絵詞(ばんだいなごんえことば)という絵巻が有名ですね。
出生は不確かだそうですが、この話では、もとは佐渡の人間で、郡司の従者をしていたと言います。
大納言というのは大臣に次ぐ要職。そんな人が、辺境の佐渡で地元豪族の従者だったとは、ちょっと信じがたい話ですが。
 
ともあれ、その善男が若いとき、奈良の大きな二つの寺をまたいで立っている夢を見た。
奥さんにそのことを話します。すると……
 
妻のいはく、「そこのまたこそ裂かれんずらめ」と合はするに、
善男おどろきて「よしなきことを語りてけるかな」とおそれ思ひて、主
(しゅう)の郡司が家へ行きむかふ所に、~
 
「そこ」というのは二人称。「あなたの股が裂かれてしまうのでしょう」と夢合わせ(夢解き)をしたんですね。

げ、股を裂かれる?
 
「つまらないことを語ってしまったなぁ」と思いつつ、主人の郡司の家へお勤めに行きます。
 
郡司きはめたる相人なりけるが、日来(ひごろ)はさもせぬに、ことのほかに饗応して、円座(わろうだ)取りいで、向かひて召しのぼせければ、
善男あやしみをなして、「我をすかしのぼせて、妻の言ひつるやうにまたなど裂かんずるやらむ」とおそれ思ふほどに、~
 
この郡司、夢の相やら、たぶん人相、手相なんかを読むことができる人でした。
そこで、善男は夢の話をしたようです(書いてないけど)。

すると郡司は、いつもそんなことをしないのに、大事な客人にするように、座布団(ござを重ねたような丸いやつ)を出して善男を座らせ、向かい合います。
 
こりゃ、おれをだまして油断させ、妻が言ったように『股裂き』をするんじゃなかろうか!?
いきなり股裂き──を恐れるのがちょっと変ですが、要は、何か失策にからんで処罰されるんじゃないか、と思ったんでしょう。
股裂きの刑!!(゜д゜)
 
郡司がいはく、「汝やんごとなき高相の夢みてけり。それによしなき人に語りてけり。かならず大位には至るとも、事いできて罪をかうぶらんぞ」と言ふ。
 
「やんごとなき」とは、畏れかしこまらなければならないようなすごく貴い、といったような意味。
格別の吉夢だったんですね。
都を「またにかける」=支配する、という夢なんでしょう。

郡司が善男を饗応したのは、出世のおこぼれにあずかろうと思ったんですね。
それなのにそれなのに、その吉夢を「よしなき人」(奥さん)に話してしまった。
そのために、必ず高い位には至るが、事件が起きて、罪をかぶることになるぞ。
 
奥さんが夢の意味を読みまちがえたということでなく、
奥さんが「股裂きされる」と言ったことが──その言葉が実体を持ってしまい、吉夢を傷つけたのだと思われます(言霊の思想です)。
そんな言葉を発してしまったから、「よしなき人(良くない人、つまらない人)」と言っているんですね。
 
しかるあひだ、善男縁につきて上京して大納言にいたる。されども犯罪をかうぶる。郡司が詞(ことば)にたがはず。
 
そうこうするうちに、縁あって善男は都にのぼり、とんとん拍子に出生して大納言になりました(信じがたいけど)。
しかし、かの応天門の事件で失脚してしまいます。

予言が必ず当たるのも、この手の物語のお約束です。