どーもです。


うーん。これでも、必要なパートなんですよ。

二人には盛大にスレ違ってほしい。→二人がスレ違うためには、なんらかの特殊な発言や価値観が必要。→なんらかの特殊な発言や価値観を持つためには、相応の出来事があるはず→それが読み手様が面白くなくても書かないと伝わらない。




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久遠 ver.




ボスは、俺が日本での仕事をまた増やしていきたいと言うと、『どんな経験もお前を役者として育てることになるからな。よし、もう子供じゃないし、お前の好きなようにやってみろ。』と快諾してくれた。

翌日から、早速仕事の予定を検討していくことになる。実際のところは、ずっと先までこちらの仕事で予定は埋まっているので、日本に重きをおけるのは1年は先のことになってしまうが。それでも俺は、これで、キョーコと俺の間にある物理的な距離を縮められると嬉しくなった。しかも一ヶ月後には、数日間だけだがキョーコがこちらに来ることが決まっている。………うん、悪くない、と、ひとりで安堵の笑みをもらした。


だが、それからの一ヶ月間は、本当に不安で辛いものになった。なぜなら、キョーコの様子がおかしくなったからだ。

俺は相も変わらず、電話やメールでキョーコに愛を囁き続けていた。『会いたいよ』、『愛してる』、『君だけだ』、『抱き締めたい』、そんな愛の言葉たち。でも、本当はそうやって言葉を吐くだけでは全然満たされなかった。実際に会って、この腕に彼女を閉じ込めて、そして一晩じゅう愛し合い、抱き潰してしまいたいと、そう切実に思っていた。深く願っていた。

だが、キョーコの言葉や口調は、そんな俺の心の熱量とは程遠く。返答は歯切れが悪いうえに、電話を早々に切り上げようとする様がありありと感じられた。俺は、そんなキョーコの様子に不安でたまらなくなった。だが、もう少しでキョーコに会えるのだ、今は波風を立てるときではない、と自分に言い聞かせて、冷静に振る舞おうと努めた。だから、当たり障りのない、『体調悪い?疲れてる?』とか『何か嫌なことあった?』と、気遣う声をかけた。キョーコはやはりと言うべきか、『そうかな、なんでもないよ?』と答えるので、俺はお決まりのように『辛いことがあるなら話してほしい。なんでも聞くから。……それくらいしかできないけど。』と優しく言った。その声に、寂しげな音が混ざってしまうのは仕方なかった。







そんな日々が続き、だが明日にはもうキョーコに会えるという日。

俺は、小さな事件に遭遇した。


モデルの雑誌の撮影を一旦終えて、担当者との打ち合わせを控え。それまでの時間をつぶそうと、コーヒーを飲みに通路に出た。そこで、男女の2人組の姿に思わず足を止めてしまった。なんと、それはジンと、アサーシャだった。

その人影は、建物の裏側へ向かっていく。



……………。ジンのやつ、ダグラスに釘を刺されたのに、アサーシャのことをまだ諦めてなかったのか?

俺は、なんだか心配になって、こっそりとあとを追った。











「……………で?ジン。私にどうしても言っておきたいことって何?………シッターとの約束に遅れてしまうから、巻きでお願いね。」
アサーシャは、スマホの時間をチラリと確認して、少し面倒そうに言った。

アサーシャは、二人目を産んでそう日は経っていなかったが、相変わらず美しいままだった。仕事の復帰の相談にでも来たところなのだろうか。


ジンはこちらに背を向けているので、その表情はうかがい知ることはできない。だが、背中から発せられている空気は、血走っているものだった。

「ああ、のぞむところだ。単刀直入に言うよ。よく、聞いてくれよな。……………あのな、7年前の君とダグラスとの結婚は、通常の経路を辿っていない。だろ?…………君達は授かり婚だった……………。しかも、その時の君の妊娠は、偶発的なものでもミスでもない……………。立派な策略の元行われたわけだ。君を「えっ!?」」

ズバッと遠慮なく斬り込んだジンの言葉に、アサーシャが声を上げた。

「………な……なんで、なんであなたがそれを知ってるの…………?」

動揺した様子のアサーシャに、ジンはいきり立った。

「なんで……………って、え?え?アサーシャこそ知っていたの?妊娠が策略の元で成功したと……………。え?なんで、どうして?いつから?知っていたのならば、なぜ、なぜ、なぜ君は、あいつと結婚したんだ!なぜ、君はっ!」

「………え、な、なんの話…………?あなたが言っていることが、よくわからないのだけど、」

「………え?」

「………だから……ジンはなぜ………私がダグラスを罠にはめたと……。………避妊させずに私を妊娠させるようにわざと仕向けたって……なぜ知ってるの……………?」


…………!!?

俺は、アサーシャの言葉にかなり驚いて。そしてそれは、ジンも同じだったようだ。


「……は!!?え、え!!!なん、だって!?え!?」

「…っちょ、声が大きいわ、……………なんでそんなに驚くの。『策略』って、今、あなたの方が言ってきたのじゃないの。」

「っえ、いや、だって、それは………」

「…………………………そういえば、ジン、あなた、ダグラスと少し前まで共演していたわよね。……………まさか、そこで、ダグラスから何か聞いたの?」
アサーシャが、ジンに一歩詰め寄った。

「……や、俺は、その、」

「……………やっぱり……………そうなのね………………………………………で、なんて?」

「……………え?」

「ダグラスはなんて言ってたの?私のことを許せないとか、騙されてショックだったとか………あと、なんで今になって気づいたのかとかの理由を言ってたのかってこと!」

「……………あ、いや、」

「……………ねえ、ジン!もったいぶらずに教えて!お願い!ダグラスはなんて言ってたの!?…………………………嫌!嫌よ!離婚なんてしない!絶対にしないわ!ダグラスは私のものよ!もう私のもの!だって、もうちゃんと家族になったんだから!………1人目の時は……たしかに、卑怯な手を使ったわ!きっとダグラスは、堕ろせとは言えないだろうと考えて、汚い手を選んだ!……………でも、でも2人目の子供は、夫婦で話し合ってちゃんと計画的に作ったの!彼だって、子供達二人とも可愛がってくれて、だからもう「アサーシャ」」

俺は、気づくと声を出していて。取り乱したアサーシャに近寄っていった。

「く、クオ、ン……………」

「ん、久しぶりアサーシャ。」

「ど、どうしたの……………突然…………?」

面食らっているアサーシャに、俺は何年ぶりかの再会の挨拶もそこそこに、話を聞かせた。先日のドラマの打ち上げで、したたか酒に酔ったダグラスが俺たちに明かした、7年前の事の顛末を。

アサーシャは、それこそ驚きを隠せない様子で。

俺だってわかっている。これは、ダグラスとアサーシャの、夫婦間の問題だ。だが、第三者がその解決の糸口を提示してもいいじゃないかと思ったのだ。せっかく互いに強く想い合っているのに、二人だけで解決しようとすると遠回りしてしまいそうだから。俺がダグラスの気持ちを代弁しても構わないだろう?と思った。

「だから、二人で一度ゆっくり話し合ってみたらどうかな。きっとダグラスだって…………」

「…………………………そ、うなんだ。」
ぽそりと呟いたアサーシャは、その場にヘナヘナと座り込んだ。

「アサーシャっ、だ、大丈夫?」

ふと気づくと、そこにはもうジンはいなかった。

「う〰ん、大丈夫。……………なんか、力が抜けちゃって……………」

「アサーシャ……………」

「ジンの話を聞いた時は……………離婚されちゃうかも……………って思ったから…………でもさすがに取り乱し過ぎたわね………。…これじゃあ…ダグラスとのこの7年間を否定しているみたいよね…うん、家族として築いたこの7年は、本物だったのだし……………」

「…………………………うん……そうだね、ダグラスもそう言ってた…………今はもうちゃんと家族なんだって………」

「……うん。……………でも、卑怯な手を使ったことは、やっぱり謝りたい……………そのせいでダグラスを苦しめたのだし……………」

「そか、……………わだかまりを吐き出せるといいね……………。」

アサーシャを立たせてあげようと手を差し出すと、アサーシャは俺の手をつかんで。そして、俺をじっと見上げた。

「………ん、何?俺の顔に何かついてる?」

俺がそう聞くと、アサーシャは、俺から視線を外して立ち上りながら自嘲気味に言った。
「軽蔑……………した、よね?」

「軽蔑?」

「…………あのね、……ダグラスと付き合っている頃…彼は……………すごく魅力的なくせに、色んな女達から狙われてるくせに……………全くその自覚が無くて……………。だから、『君とは釣り合わない』とか、『君にはもっと相応しい男がいるがしれない』とか、時々意味不明なことを言ってた。」

「……………そうだったの……………」

「……………私は……………ダグラスを尊敬してたし……………何より……………すごくすごく好きで……………だから、どうしても、彼の私への執着の無さに、いつも不安で……いつか彼から、『疲れた』とか、『別れよう』って言われるんじゃないか、捨てられるんじゃないかって…………………………………だから、卑怯だってわかってたけど……………もうこれしかないと思って……………ダグラスを騙して……………。ダグラスはね、女優としてもモデルとしても売り時の私の仕事を邪魔してしまったって、それに私の体型も変えてしまうって、罪悪感から身も心も私に捧げてくれたわ…。私はそれをわかっていて、彼を縛り付けた。赤ちゃんを…命を、駆け引きの道具に使ったのよ……………。………クオン……私のこと、酷い女だと思ったでしょ?」

「……………いや、全然。」
その俺の答えに、アサーシャは、薄く笑った。俺の言葉を信用していないみたいだった。

そしてアサーシャは、今夜二人でちゃんと話し合ってみるねと言い、足早に子供の元へ帰っていった。


アサーシャは、多分、俺の気持ちを誤解している。

でもね、アサーシャ、本当なんだよ。軽蔑なんてこれっぽちもしてない。そんなこと、思うわけはないんだ。ただ……………いいな、と……………アサーシャは狡い、と思っただけで。

ああ、本当に…女性はいいよな……。

だって、俺が女だったなら。

俺が妊娠できたなら。

俺はきっと、キョーコを罠にはめる。

キョーコの子供を妊娠して、『あなたの子供よ。責任をとって結婚してほしい。』と迫っただろう。そしたらキョーコはきっと、責任をとって結婚してくれる。しかも、俺から仕事というやりがいを一時でも奪ってしまったことで、強い罪悪感を感じて、俺に甲斐甲斐しくフォローを入れてくれるはずだ。キョーコの頭の中は、きっと俺のことでいっぱいになる。……………ああ、最高じゃないか。

でも……………俺は、男で。

現実的には、妊娠出産…………もしくは、堕胎で大きな負担を強いられるのは俺じゃない。キョーコだ。俺の大切な愛おしくて可愛いくてたまらないキョーコだ。

そう、結局、そうなんだ。

……………こんなあり得ないことを想像するだけ不毛だよな……………。

そうして俺は、もしもの想像を打ち消してビルの中に戻った。だが、その出来事がきっかけで、俺の脳には、『女性の体が羨ましい』という価値観が根付いた。なぜなら俺は、キョーコの未来を確実に手に入れたい、と、そればかりだったから。