国際結婚の入籍の手技についてネットで調べたんですけど、複雑過ぎて解読困難でした。ゆえに適当になっています。結果的に、話自体の内容もおかしいかもしれません。まあ、それはいつものことですけどね………ふへへへへ(; ̄ー ̄A




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

キョーコ ver.






「あー、緊張した〰〰〰〰〰……………」

久遠が、車に乗ったところでくの字に折れて、思わずといったふうに言葉を吐き出した。

「ご、ごめんね…久遠。お母さん、顔が恐くて。」
我が母の眉間に刻まれた川の字を思い出しながら、久遠の背をそっと撫でる。

「…え、いや、そうじゃなくて。顔が恐いとか、俺を探るような視線がどうとかじゃなく。単に、俺の心の問題で。」

「久遠の?」

「うん、そう。俺からの、『初めまして』の挨拶と、『あなたの娘さんを妊娠させてしまいました、お嫁さんにください』のセリフが同時っていうのが……なんとも気まずくて………」

「……………あ…!……………………うん…それは…本当に、ごめんね……。」

母への今日の挨拶で、久遠が気まずい思いをしたのは完全に私のせいなので、再び謝った。

以前から久遠には、『キョーコのお母さんに会いたい、ちゃんと挨拶したいから会わせてほしい』と、何度も頼まれていたのに、それをやんわりと断り続けたのは私だ。なぜなら、「私達はどうせ別れるんだから」、と思っていたから。母に久遠を会わせておいて、結果的に別れて、母にまで『やっぱり捨てられたのね、不憫な子』と、寂しい想いをさせたくなかったのだ。

「ん?や、でも俺は、どんなかたちでもキョーコのお母さんに会えて嬉しかったよ。『キョーコを産んでくれてありがとうございます』って、どうしても言いたくて………やっと言えたから。」
そう言って、神々しく甘甘しく微笑む久遠。

「あ……………、ありがとう…。」

戸惑った私は、きっと変な顔をしている。久遠に見えないように、サッと俯いた。


久遠が、私のことを好いてくれているのはわかっている。でもきっと、その気持ちのレベルは、『恋人でいたいだけ』のレベルだ。


その思考の根拠となる、あの久遠の言葉。何度も何度も、私の耳の中に甦る。


『え?キョーコに赤ちゃん?…………社さん、あなた何言ってるんですか。そんなの欲しいわけないじゃないですか!要りませんよ!絶対に要りません!』

『冗談でもやめてください!俺はキョーコが絶対に妊娠しないように、いつも完璧に配慮してますよ。赤ちゃんなんて………とんでもない!それこそ………………身の破滅だ………!』


そして、あの言葉も。


『なら、言いますけど……………女の人は……………狡いですよ。』
『女の人は、妊娠、できるじゃないですか。』
『…………………………ふ、俺がそんな、崇高な考えをもつわけないでしょう……………。……………妊娠……は、相手を逃がさずに済む最強の手段のひとつだと思って……………』
『排卵日を偽るとか、ゴムに細工するとかして相手を罠にはめて……………見事に妊娠できたら、『あなたの子供よ、責任とって結婚して』って……………』
『まあそれを通告されて、逃げる男もいるでしょうが………たいていは『認知』で済ませるだけでなく、結婚するのがおおかたでしょう?堕ろせ、と言うケースは少ないわけで……………』
『命を……………そんなふうに駆け引きに利用するなんて……………卑怯だ…………………………女の人は、狡い。』


あれらは全て、久遠の本心。私には言わずに、社さんだけに溢した、本音。

だから、私の策略が久遠に露呈するわけにはいかない。……………絶対に!!そのために私は、妊娠して嬉しいという顔をしてはいけない。つわりさえもありがたい症状だと感じて、えずきながらも口角が上がりそうなのも、必死で隠さなくてはいけない。

あくまで、今の私達の関係は、久遠の良心と責任感を拠り所にしていて。

……………そう。久遠が、私が妊娠に至るための行為をしたことは事実。快楽を優先させて、『してはいけないこと』をした。だから彼は、私を、そしてお腹の赤ちゃんを、絶対に見捨てはしない。


でも、だからといっても。久遠がここまでしてくれることは、正直想定外だった。彼に私の妊娠を告げた夜、久遠の言動には、甘さなんてなかった。表情は固かったし、声も口調も真面目で事務的な響きで。私は、それがとてつもなく寂しかった。でも、それは当然のことだと受け入れるしかなくて。

ところが、あれから5日目の今日。久遠はだいぶいつもの久遠らしくなっていた。ふわふわと笑い、私を見つめる視線は、惜しげのない愛を私に伝えている。



久遠が、優しい。

本当に、優しい。

私が想像していたよりも、ずっと、ずっと、ずっと、ずーーーーっと、優しい。

こうやって、久遠に真綿で包まれるように大切にされていると、私は勘違いしてしまいそうになる。まるで、久遠が本気で私の妊娠を喜んでいて、望んで結婚してくれのだって、そんなふうに。


……………そんなわけはないのに。

そんなことは有り得ないのに。

なのに。

なのに…………………………、



「キョーコ、どうした?難しい顔して。………車に酔った?気持ち悪い?少し休む?」

そうなふうに、優しくきくから。

「ううん、大丈夫。……………私も緊張したなあって思って。」

「ああ、うん、そっか。そりゃあそうだよね。…………でも、大切なことがちゃんとできてよかった。本当によかったよ。」

「……………うん。」

「キョーコのお母さん……こんな形で始まった俺達の結婚を……………なにより俺のことを、まだ信用しきってないと思うんだ。だから、ちゃんと安心してもらえるように、これからを見ていてもらおう?たとえ時間がかかっても、俺達の気持ちは伝わるはずだよ。」

「…………………………うん。」

「あ〰っ、でもなんだか、緊張よりも、今は嬉しい気持ちの方が勝ってきたっていうか、力がみなぎってきたっていうか。」

「……………え?」

「キョーコのお母さんに、別れ際に『キョーコのことをよろしくお願いいたします。』って、頭を下げられただろ?」

「……………う、うん。」

「……………なんかさ、すごく、実感したっていうか。……………俺が、キョーコと赤ちゃんを守っていくんだ……って。」
私を見つめる久遠の目は、キラキラと輝いている。

「久遠、」

「キョーコ。」

ああ、なんて優しい声で私を呼ぶの?

「キョーコのお母さんに、赤ちゃんを抱っこしてもらおうね。……………貴女の娘さんは、こんなに可愛い赤ちゃんを産んで、こんなに俺を幸せにしてくれてますよって、言うからね。それに……………キョーコを産んでくれてありがとうございますって……何度でも言うから………。」

「久遠………っ、〰〰〰っ、」

「……………泣いちゃう?」

「……………だって……………ふっ、ぅっ、ごめっ、」

「……………………泣くの…我慢しないで…。……大丈夫……キョーコには、俺がいる。だから、ここで……俺のそばで安心して泣いて?……………これからは、俺がキョーコの家族だよ……………」


母との関係はまだ未修復で。辛い思い出もやっぱりたくさんあって。でも、その全てを、久遠が全部受け止めてくれたみたいで。私は我慢できずに久遠に甘えてしまう。

そんな私を、久遠は優しく抱き締めて、私の涙がおさまるまで髪をすいてくれた。










「じゃあ、俺はこのあと仕事だから、キョーコをキョーコのマンションの下まで送り届けるね?」

私の気持ちが落ち着いたのを確認して、久遠が車を出す。

「…うん、忙しいのにごめんなさい。本当にありがとう。」

「ううん、こちらこそ。体調がよくないのに、ありがとう。……あ、そうだ。キョーコの引っ越しは一昨日提案した通り、来週の土曜日で業者の手配をしたから。」

「……………あっ、ごめんなさい、ありがとう。」

「キョーコはもったいないって言ってたけど、やっぱり完全お任せパックにしたから。プロが全部してくれるからね。………いい?キョーコは指示だけして、何もしないで座ってるんだよ?絶対に重たいものなんて持たないんだよ?わかった?」

「……うん、わかった。」

「………よし、いいこ。…………………ふふ、ふふふ……………。」

「……………?久遠、ご機嫌なのね。」

「ん?そりゃあ、キョーコがうちに引っ越してきたら、毎日キョーコに会えるんだよ?すごく楽しみに決まってるよ!」

「……………………う、うん……………」

「ふふ。……………キョーコ、大好きだ。」

「……うん、私、も………。」

「……………あ、そうそう。カフェインレスの飲み物を色々ネットで注文したんだ。キョーコのお気に入りが見つかるといいな。コーヒーとかどんな味だろう。二人で飲もうね。」

「……うん、ありがとう。」

「あ、それから、お腹が大きくなったキョーコが乗り降りしやすいだろうし、チャイルドシートも乗せやすいように、車を変えるからさ。」

「……え、」

「キョーコが乗りたい車とか、外観が好きなのとかある?」

「…………ぁ…と……………ミニバンとか……………よくわからなくて………」

「うん、やっぱりそうだよね。でもこの際さ、キョーコの意見も取り入れたくて。俺達の車なんだし。」

「あ、り、がとう。」

「資料の冊子を取り寄せたから、見比べてみよう。あ、キョーコはしんどいだろうから、資料を調べるのは無理しないで。だから俺が候補あげるけど、でも、他にもキョーコが乗りたい車を思い付いたら、遠慮なく教えて?」

「うん……わかった。」




久遠は、5日前に日本に来て、映画の撮影に関する仕事があって。でも、その合間にどんどんと、私達の結婚と生活の土台を固めていく。

いつの間に勉強したのか、結婚に向けての準備や、妊娠生活についてもたくさん知識を持っていて。どこにそんな勉強する時間があったのかっていうくらい。そして、その知識でもって、私をどんどんと誘導していく。

マスコミへの会見も数日後に決定した。

早速の会見が決まったのは、久遠が強く希望したためだ。私の妊娠を公開して周囲に仕事中に考慮してもらうためと、私のお腹が大きくなって隠せなくなる前に正々堂々としておきたい、という理由らしい。………まあ、その記者会見自体は、社長主体で行われるのだけど。


入籍は、安定期に入ったら渡米して行う予定だ。私は、一刻も早く入籍して久遠の妻という立場を手に入れたかったけれど、久遠に止められてしまった。アメリカへは長距離のフライトとなってしまうので、お腹の赤ちゃんに何かあってはいけないからだ。確かに、妊娠初期の搭乗は避けた方が無難らしいので、この件に関しては、安定期を待つしかないだろう。そもそも私だって、久遠と結婚するための切り札であるお腹の赤ちゃんを失うわけにはいかないのだ。

そして何より、私のお腹の中で息づく赤ちゃんを苦しめたくない。それが今、私の中で膨れ上がる気持ち。以前は無かった想いだ。まだ下腹部に触れてもよくわからないけれど、確かにここで日々すくすくと育つ命。純粋に、『守りたい』と思う。素直に、可愛いと思う。これは庇護欲なのだろうか。母性は……………まだよくわからないけれど。でも。私がこの子の成長を待ち遠しいのは、久遠を手に入れるためだけではなくなっている。その、初めて生まれた感情に、私はまだ戸惑っている。







「ね、次の定期受診はいつなの?」

思考の中を歩いていたら、久遠がワクワクした様子できいてきた。

「あ………と、行ったばかりだから、またあと二週間後くらい………」

「へ〰……。………健診………一回は一緒に行ってみたいなあ………。エコー、だっけ?とかで、もぞもぞ動いてたりするところが見られるんでしょ?」

「まだ、気が早いよ…」

「えへへ、そっか。」


いつもの調子を取り戻した今日の久遠の態度は、言葉は、声は、視線は、私の妊娠を、心から喜んでいるように見える。楽しくて、嬉しくて、幸せで。そんなふうに。

そんなふうに見えるの。

見えてしまうのよ。

違うだろうのに、そう見えてしまうのよ。















そしてーーー

久遠と、社長の尽力で記者会見も無事に終わり。それからの私は、どこに行ってもお祝いの言葉をかけていただけるようになった。一様に笑顔で、祝福と、身重の私に対する労いの言葉をくれる。

体調は、いいとは言えなかったけれど、ハイクオリティーマネージャーの社さんがいてくれたから全然平気だった。社さんは、心配し過ぎな久遠を納得させるくらいしっかりと、仕事中は以前よりも始終べったり私に付き添ってくれている。

……………『社さん』。

社さんは、久遠の本音を知る唯一の人だ。私の妊娠を、『身の破滅』だと言った久遠の言葉を、直接聞いた人。今、社さんは、どんな想いで私を見守ってくれているのだろう。

社さんが、私の妊娠を久遠の口から知らされた時は、本当にびっくりしていて(そりゃあそうだろう)。そしてとてもおろおろした顔で、私と久遠の顔を見比べていたけれど(それもそうだろう)。でも久遠が「予定日は冬です。それまで、キョーコがなるべく辛くないように、仕事の時は守って上げてほしいんです。」と頭を下げて頼むと、ようやくホッとした顔をして、「なんだ水くさいな、当たり前だろ。」と笑ってくれた。

あれからの社さんは、不思議なくらいに笑顔で穏やかだ。あの電話で聞こえた時のように、『姪っ子かな、甥っ子かな。久遠に似ても、キョーコちゃんに似ても、どっちでも絶対に可愛いよね〰。俺、新生児っていうの?赤ちゃんのオモチャをネットで調べちゃったよ〰』と、私の出産を楽しみにしてくれている。

社さんは、どうして、そんなに楽しそうにしているのだろう。社さんは、知っているのに。久遠の本音を知っているのに。どうして、『私の赤ちゃん』が久遠に望まれて産まれてくると思っているみたいな態度をしているのだろう。

聞きたくて。でも、怖くて聞けなかった。社さんと、『本当のこと』を話し合ってしまえば、久遠の本音を正面から受け止めなくてはならなくなるからだ。私はせめて、知らないふりをしていたい。そう、知らないふりをしてさえいれば、私は、久遠の妻でいられて、久遠の赤ちゃんを産むことができる。


悪魔になった私は、息を殺したように、『ここ』で生きている。久遠や皆々様作ってくれている『仮初めの居場所』に、何食わぬ顔で居座っている。





どうか、一日でも長く、『ここ』にいられますように。久遠に気づかれずに、嘘でもいい、『ここ』で、生きていけますように……………。


そう、私は強く願った。
悪魔の願いなんてものは、久遠を不幸にするだろう。…………ちゃんとわかっているのに。そう、強く願った。