「つけずにしたわけか。お前もたいがいだな。この破廉恥娘が。」






テレビ局の楽屋から帰宅しようとしているところに、突如、「母さんが『キョーコちゃんに食べて力をつけてもらいなはれ。』って、俺んちに送り付けてきたんだよ。」と、大量の京野菜を携えて訪ねてきた幼馴染の男。いきなりやってきた男だけなら門前払いしているところだけれど、私の体調を気遣って送られてきた野菜は本当に嬉しかったので、野菜の付録の男ごと、楽屋の中に招き入れた。

「さすが、美味しそうな野菜ね」と野菜を覗きこんでいると、その私の背中に向かって、見下したような声がかけられたのだ。

「…………………………は?」
なんですと?

「だってよ、お前が孕んだってことはそういうことじゃねえか。アイツが、つけないでヤりてえって言ってきて、お前がOK出したんだろ?」

「……………なっ、」

「っかー!!お前らの記者会見なんてよ、見れるもんじゃなかったぜ!!はじめのうちは、あのパッキン鬼畜野郎、顔をキリリッて引き締めてたくせによ。次第に我慢できなくなったのか、鼻の下、びょぉぉぉぉ〰〰っんて伸ばしだして。」

「び、びょぉぉぉぉ〰〰っんて……………」

「あの野郎、結婚するよりも前に女優を孕ませちまったのは全部自分が悪いみたい…な顔してよ。『全ては、年長者である私の誘導によるものです。結果的に…彼女を狂おしいほどに愛しく想う私の強い想いが、天に届いたのかもしれません。』って、決め台詞みたいに言ってたけど。でもあれは平たく言やあ、『俺がキョーコのことを好きで好きで好き過ぎて、ゴムつけたくなくて、生でしたいってキョーコにお願いして、しかもそんままn』「ちょっとおだまり!このおしゃべり男が!!!!」」


「「………………………………………、」」


「はあ〰〰っ、たく、お前がいくら騙されやすいとはいえ、まさかまんまとあの男の策にはまるとは驚きだぜ。」

「…………………………さく?」

「あ?そうだろ?策略だろ?あの鬼畜野郎め、デキちゃえばお前が結婚してくれるとでも思ってたんだろ?だから、元々のお前らの間のパワーバランスを悪用して、『つけなくても妊娠しないから、大丈夫だから』とか軽く大嘘ついて、避妊せずにやらされたんだろ?」

「……………!!!」

「…………………………フン!なんだよ、その顔。驚愕の事実を知らされた、みたいな…………………………もう真っ青じゃねえか…………。本気で今頃、あいつの汚い罠に嵌まったことに気づいたのか?」

「……………」

「さすがは鬼畜野郎だぜ。赤ン坊でお前を縛りつけようとするなんざ、汚ねえ手口をつかいやがって。……………あー、汚ねえ、汚ねえ。ズル賢い手口だ。お前もそんな方法で一生を棒にふって、本当に阿呆だし……………あ、そうだ!ここはしっかり謝罪してもらって、お前が優位に立つチャンスじゃねえの?まあ、幼馴染みのよしみで俺が、あの野郎を尋問してやらなくもねえぜ?俺も、あいつのいつも自信満々な顔が焦るところ、見てみてえし。まあ、とはいえ、簡単には素直に罪を認めな「……………やめて。」……………あ?」

「……………………………………やめて………………が、う……から………」

「『がう』?」

「…………………………ちがう、」

「…………………………?」

「………違う、から…………………久遠……………じゃないから、」

「……………は?」

「赤ちゃんで、縛りつけようとした鬼畜野郎、は……………汚い手段を使ったのは、久遠じゃなくて……………私……………」

「……………え、」

「私、私…なの……。……だから、だから、久遠を悪く言わないで……………お願い……………」

「………………………え、………お、前が……………?」

「そう……………私なの……『今日は大丈夫』って、危険日に嘘をついたのは……。………『つけないで』って言ったのは……………私……………」

「………………!!」

「だから、だからお願い……久遠を悪く言わないで。久遠は悪くないの…。…………だから、久遠には何も言わないで………」

「…………」

「あんたが久遠に対して、『汚い手口を使っただろう』なんて言ったら、久遠が気づいてしまうかもしれないでしょ……私のやったことに………」

「……………え、」

「久遠が『あ、そういえば』って、あの夜のことを思い出すかもしれないのよ?『そういえば、キョーコが安全日だから大丈夫だって言ってたのに、結局妊娠したんだよな』って、改めて当時のことを思い返してしまって、久遠が私を疑うきっかけになるかもしれないじゃない。……………今はなんとか、『二人の責任だから仕方ない』ってことで落ち着いてるのに。……………だからお願いだから、久遠を刺激しないで。」

「キョーコ…」

「ショーが久遠を突っついて、久遠が私のしたことに気づいたら、たとえおろせとは言われなくても軽蔑されてしまう…!……久遠の一生を無理矢理拘束した私は幻滅されて、恨まれて……………!…そんなこと耐えられない…耐えられないのよ!!」

「ちょっと、お前な、」

「わかってる!!わかってるの!私が悪いの!してはいけないことをしたのはわかってる!!…………………………でも、でも、たとえ幻の上に成り立つ関係だとしても、彼の妻でいたいの………………お願い、お願い、お願いだから…………!!久遠には黙っていて……………お願いよ……!!!……………ふうっ、うっ、……………っ、」

「……………………………………………………………………はあぁ〰〰…………お前があいつに軽蔑されるだって…?……………………やっぱり…お前は阿呆だ…。……あの鬼畜野郎の気持ちなんて…なんもわかってねえんだよ…」

「……ふっ、……………………わかってる、わかってるの………………ぐすっ………」

「………はぁ〰……………、だから、そういう意味じゃねえし…………………………」

「…………………………?」

「……………チッ。『こんなに重たい野菜なんて持って帰れない』ってお前に言わせて、俺がお前んちに持って行きがてら、あの鬼畜野郎を突っついて、あいつのあわてふためくところを拝んでやろうと思ってたけど…。そういう気分じゃなくなったわ。」

「……………うん……………お願い、お願いたがらやめて……………ぐす………、」

「………………はあ〰……………………お前さ……、…そんな辛気臭い面してないで、ちゃんとあの男と話し合えばいいんじゃねえの?」

「……………え?話し合う……………?」

「……………そりゃ、そうだろ。お前が飛行機に乗れないからまだ入籍してないだけで、お前達はじきに夫婦になる。……………そしたら、長いぞ。どっちかが死ぬまで、ずっとだぜ?」

「……………!」

「これから死ぬまで、そうやって罪悪感にさいなまれながら怯えてるつもりかよ。」

「……………ぁ、」

「いつかあの男がお前の策略に気づくかもしれないって、ずっとそうやっておどおどして、周りの言動にも神経を尖らせてるつもりかってきいてんだよ。」

「………そ、…そりゃ………………だって、、」

「……………だってもくそもねえだろ。」

「……………でも、でもだって、あんたは知らないから!……………何も…知らないから、だから……」

「…………………………なんだよ、なんかあんのか?」

「…………………………」

「…………………………なんか、あいつとのことで、言いづれえことでもあんのか………?」

「………………………………………久遠が……………私との赤ちゃんはほしくないって……………前に言ってたのを……………きいたの…」

「……………………『きいた』ってことは、あいつに直接言われたんじゃなくて、あいつが誰かと話してる会話のどっかの言葉だけだろ?」

一応その通りなのでこくりと頷いた。

「そんなんさ、言葉のあやだろ。……………それとか、独占欲の塊のあいつのことだ。子供ができたら、子供に愛情持ってかれるからキョーコを独り占めできなくなる、って嫉妬とかだな。」

「………………………………………」

「…………なんだよ、その絶望的レベルで俺の言葉を否定するような諦めきった顔は……………」

「あんたには、久遠の気持ちなんてわからないだろうなって思って………」

「……………はぁ、あのなそれはおま『ピリリリリリリリリリリリ♪♪♪』……………お前のスマホか……………誰?」

「…………………………久遠……………」

「それ見ろ、早く出てやれ。」

「………もしもし?」

『キョーコ、今どこ?』

「…………ぁ、」

『今日は社さん有休だったから、午前中だけ代マネさんで午後はキョーコ一人だったんだよね?無事に帰れた?』

「あ、まだ楽屋なの。」

『ほんと、じゃあ今から迎えに行く。』

ええ!一人で大丈夫よ!、と言おうとして、視界にたくさんの野菜が入ってきた。
「………あ、えと、助かるかも、」

『……どうした?なんかあったの?普段は遠慮するのに。』

「ち、違うの、たくさん野菜をいただいて。だから、タクシーだとちょっと大変だなって。」

『ああ、そういうこと。わかった。すぐ行く。』

「ありがとう、ごめんね、疲れてるのに遠回りさせて。」

『え、いや。キョーコに1秒でも早く会えるから、逆にすごく嬉しい。キョーコのためなら、世界の果てにだってためらわず飛んで行くよ。』

「久遠………わ、私も………」
ものすごく甘い声で話す久遠に、もじもじと赤くなって話す私を、肩をすくめてさらなる呆れ顔で見た幼馴染は、口パクで『じゃあな』と言うと、楽屋を音も立てずに出ていく。


『じゃあ、キョーコの声が聞こえなくなるのは寂しいけど、早く会うために移動に集中するから、電話切るね。』

「うん。」





トンッとスマホの画面を叩くと、スマホは沈黙した。


「ふぅ……………」
あの様子では、あの幼馴染は、私のことをひどい阿呆だと思ったままなのだろう。


「なにもわかってない。」
思わずそう言ってしまった。

あいつはなにもわかってない。

『あの時』の、私との赤ちゃんを要らないと言った時の久遠の声を、久遠の言葉を聞けば、あいつだって私が阿呆だなんて思わないはずだ。

そう。今の久遠の、愛に溢れた優しい言動が本心からくるものだなんて、そんなふうに楽天的には思えないはずだから。


「久遠が私との赤ちゃんを作ったのが『策』ですって?……………ふ、そんなわけない。命を道具に使った悪魔は……私一人だけ……………」