こんばんは。
寒暖の差が激しい、湿度の高い嫌~な時期になりましたね(-"-;)
体調以上に週末の天候に左右されて遠征出来ていないカルビンですヽ(-∀-;)
(雨天じゃ山は滑るから危険だし、そもそもデジカメが駄目になる可能性高いので・・・ご朱印帳も濡れるし神社仏閣すらも行き辛く。。。)
さて最近ボチボチ記事upしている訳ですが・・・続100名城の解放から再びお城訪問へ重きを置いているハズなのに、記事待ちの写真が神社仏閣のものばかりなのは何故?w
まぁお城とは違い、神社仏閣の参拝時間が短いので、1日の訪問ヶ所が多い事・その数がお城より圧倒的に多い事が理由なんでしょうな。。。当たり前体操🎶(←死語?w)
と言う事で今回はお寺記事となります。
以前一度記事upさせて頂きましたが、その際にはご朱印は頂いていたものの、霊場巡りはしていなかったので。。。
ちょっと前に武蔵野三十三観音霊場巡りと、今回記事upさせて頂く場所が狭山三十三観音霊場1番と言う事で新たな観音霊場巡りをさせて頂こう、、、と言う事で再訪致しました。
車でも比較的近かったので、実は西武球場前駅に電車で来たのは初めて。
西武ドームになる前・西武球場時代に、その脇にあったもう一つの球場で、背番号5が練習していたのを出張からの帰り・信号待ちの時に見えたんです。。。
駅から10分くらいで山口観音のゲートに。
訪問したのは昨年2月頭。。。猫も寒そうです(^-ω-^lll)
山口観音金乗院山門
正面から
建造物が沢山あります。
雪残ってますね。。。昨年何時降りましたっけ?(←そんな昔の事は忘れたw)
御本堂向かって右にある馬房のような建物
新田義貞の愛馬を祀ったものです。
新田義貞って小説内ではあちらこちらでバッシング受けたり無能アピールさせられたりしてますが、活躍した関東では英雄とまでは行かないものの史跡等に残されている場所が多いです。
特に楠木正成ファンにとっては嫌な人物だと思う人多いかもですね。
(自分は楠木正成ファンですが、新田義貞は嫌いではなく、むしろ足利高氏(←あえてこっちの字使う)が嫌いです)
この辺は自分の生きた時代ではないので、完全に小説の刷り込みですが(汗)
御本堂(-人-)
以前はじっくり拝見しなかったのですが、この日は御本堂を回ってみました。
新田義貞誓の桜
鎌倉幕府攻略の際、出身の群馬・世良田から150騎余りで進行し、コチラで祈願して鎌倉に攻め入ったとされております。
進むにつれて一族が集まり7千騎となり、更に鎌倉幕府に対して不満を抱えていた関東豪族等が徐々に合流し、最終的には20万7千騎にまでなったんだとか。
その勢いで小手指・久米川・分倍河原と鎌倉幕府軍を下し、最終的には激戦の末鎌倉を落とすことに成功します。
結局美味しい所を足利高氏にもっていかれるわけでorz
金乗院では狭山三十三観音霊場の御朱印帳と
狭山三十三観音霊場1・2番の差し込みの御朱印(-人-)
武蔵野三十三観音霊場13番の差し込み御朱印を授与頂きました(-人-)
車の運転が困難な今、公共交通機関で行けるところしか訪問できませんが・・・最近意外とバスが行き届いている事に気付き、遠征予定の見直しをしております。
とりあえず繋ぎですけどね。。。なんとか目眩治癒しないと。。。
でわまた次回まで( -ω-)ノ