キャビンアテンダントになるにはの巻 | 元ギャルミリタリーアラフォーwife in 沖縄

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国際結婚し、アメリカ生活をしているアラサー元ギャル。世界を旅しながら、ミリタリーワイフの生活を紹介!!!
今は沖縄。

睡眠薬も飲んだが、まーったく眠くならない。



ってことで暇すぎてやることない、そして日本まであとまだ7時間もあるという現実に、完全に魂は既にイスラエル行きなのでもういっちょブログでも書こう。





最近ね、断捨離をしている。物だけじゃなく人間関係も含め。



物で溢れかえるこの世の中。
本当に自分に必要なものってよく考えて周りを見渡してみたら実は半分以上がいらない物に囲まれて生きている。




まぁわたしゃミニマリストにはなれないが、物で溢れまくりなので、少しずつ本当に必要なものだけ残して断捨離を始めた。



そして、人もだ。
人は断捨離という言い方は適切じゃないかもしれないが。




私は最近出張続きで、このくそ大嫌いな飛行機での時間をどうにか意識を麻痺させて13時間生き延びている。笑




だから暇すぎてフェイスブックの友達欄や自分の携帯の電話帳を見ていた。



すると、本当に自分にとって大事な友達や、連絡を取る人、必要な人の電話番号だけ残そうと試みてみた。




こんな電話帳なんてまじまじと見る事は普段ない。だが、見てびっくりした。





半分が顔すら覚えてない人!


22歳からiPhoneだから、その時からの連絡先が入っている。
そして本当に連絡取る人は30人もいないことに気づいた。まぁ今ラインがあるのもあるが。




すると自分でも吹いた名前があった。










けんちゃん(おじさん)






って誰!!!



ちなみにうちの親戚にはけんちゃんというおじさんはいない。



じゃ何のおじさん?爆




しばらく誰か考えてみたが、全く身に覚えなし。



次は更に衝撃的だった。 














がにまた野郎!!笑


ジーザス!




彼?彼女が「私、がにまたなんだ」と名乗ったのか?それとも私が命名したのか?



答えはきっと後者だろう。笑

だからってがにまた野郎って!!





私も負けずにがにまただが、それをはるかに超えたがにまたなんだろう。





最後はこちら。
吹いた。






ジブラ(くろんぼ)!!!

てかカッコの中のくろんぼってなに!


ジブラ…誰…?




1人笑いをこらえながら、もうしばらく連絡をとっていない人は電話帳とフェイスブックから申し訳ないがさようならした。




なんだかすっきり!





特にアメリカに住んでからこれからもずっと仲良くやっていきたい人や、連絡をくれる人が明確になった。


アメリカに引っ越してからもまめに連絡くれたりする友達。その存在の大切さに気づき、そういう友達は大切にしなくてはとね。






ちなみにうちの両親は全くあっちからは連絡してこない。笑
多分私はやはり橋の下で拾われたのだろう。がはは!






是非皆様も自分の電話帳を整理してみては?
私みたいなミニサプライズがあるかも。




あんた誰やねん的な。





次はねー飛行機で干からびながらもこまめに気にしてくれるすんばらしいANAのCAさん達をみてふと思い出した。

てかまじ素晴らしい!
私が咳してたら、のど飴をさっとさしだしてくれたり、水はあるかとか常に気を使ってくださった。
帰りに話しかけてくれてしばらく世間話。



じゃぱん最高。




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私ね、23でカナダに留学に行き、まぁコテンパにやられながら必死に英語やったんすよ。




とにかく留学したぜ!いえーい!ってだけで終わっていく人達になりたくなかった。
そんな人を沢山見たから。



留学した後に必ず英語を使った仕事をできるようにするからと反対する親に言ってカナダに飛んだ。





とにかくすんげー勉強した。毎日かかさず勉強した。
だが、すんごく辛かった。





なんてったってBe動詞を知らなかったから。爆爆




まず皆とスタートラインが違う。笑




でもたかだか一年弱の海外暮らしなんかじゃ英語ペラペラ、ネイティブと対等に話すなんてのはかなり才能があるか、ネイティブと同じ大学いくか、ネイティブに混じって仕事しないと無理なんだ!と気づいた。





だが、私は約束した英語を使った仕事の夢を果たさねばいけなかった。親へ、はちゃめちゃやりまくってたバカ女が変わった自分を見せたかった。





日本に帰国し、留学費用は自分で出したから千葉銀の残高は残り10万円だった。





やばい、ジーザス。
まずは働かなければ…




衛生士の仕事に戻りながら毎日私の当時の英語力でできそうな仕事を探した。1番は歯科衛生士で英語を使う場所がよかった。



が、なかった。




路頭に迷い、自分がやりたいことがなかなか見つからず葛藤する日々。


そんな時、当時ずっと長い間好きでいてくれ、forever love と刻んだ指輪をくれ、絶対フォーエバーなんてないよとドライな私に言われた男の子が私に言った。笑





ねー、キャビンアテンダントやれば?




当時の私からしたら目から鱗だった。



女子の憧れの職業。そして英語使う。
大好きな旅にただでいきまくれる!





私CAになる!





超浅はかな理由だが、燃えていた。だが、歯科衛生士からの全く違ったキャリア。専門卒だし、私の売りなんてなかった。どうしたらなれるんだ?





調べたらCAの学校があると。

よし、まずはCAになるための学校にいこう!




なんと学費は60万だった。半年かな?忘れたが。
今考えるとまじで超ばかだった。笑





だがすがる思いだったし、やっとやりたいことが見つかって光が見えた。




ローンで早速始めた。






銀座に学校があり、仕事がない日にクラスを受けた。


記憶があやふやだが、英語の授業や、メイクの仕方のクラス、お作法、面接対策クラスなどがあった気がする。おったまげだ。





今考えると日系じゃない航空会社見てみろ!作法もくそもないぞ!といいたいか、ケツの青いひよっこだった私は知らずに必死にこなした。




ちなみにこんなにCAになりたい人がいるのは日本だけ。
アメリカじゃCAは空飛ぶレストランのウエイトレスと言われてるくらいだ。やりたい人があんまいないんだと。日本との温度差がすごい。



そしてまじで年連想が高い!
皆40-50代が多い。





今でも忘れないある授業。




女子が15人くらいいて、先生1人外国人、1人日本人が面接官役。



即興で自分の特技と、今までで1番心に残る出来事を英語と日本語で言うという。




皆ビシッとスーツ、そしてあの夜会巻き。緊張感が高まる中、なんと私は2番目。まじかんべん。



やべー。まじ何言えばいいかわかんねー。。



特技はピアノだが、どうせ皆ピアノとか水泳、ダンスだろうからピアノと言ったら普通すぎてつまらん。





名前を呼ばれたら一歩前に出て、ポーズを決めながら


Hello マダム!


と言わなくてはいけなかった。









吹いた。笑






あんた、マダムって!




そして私が用意した回答。






はい、特技は早食いです!







 !!!!!!!!!!!



一瞬で空気がマイナス氷点下の世界になるのが全員の顔から伝わった。笑


私だけ常夏のハワイ、会場にいた全員がロシアのモスクワ2月といったこの温度差。





あ、これやばいね。



そう察した。笑
でも私は笑いを取りたかったんじゃない。目立ってなんぼと思ったから…



だがこの回答はだめなんだ。と一瞬でわかった。笑


会場を中国の北京以上の空気の悪さにしたばか女。

この回答を言ったときの私、ちびまる子ちゃんのキャラでいったら、はまじだった。





こんな間抜けな顔しながら間抜けすぎる発言をし、皆はの頭には縦線が入っていた。笑





お前さっさと帰れ!と顔に書いてあった先生と、魂は完全に天に登っていた顔の私のやり取りは続き、人生の経験は世界一周した後だったからどうにかそれで切り抜けたが、後からの生徒の回答を聞いて、早食いは絶対言っちゃいけないとわかった。笑






だが、だんだんこのクラスがしんどくなってきたのと、私の身長じゃ受けられる会社がほとんどないと知った。


私152cm。靴なしで160cmがボーダーラインが多く、特にアジア系、日系は身長で落とされると。






てか早よ言ってよ。




一気にやる気をなくし3カ月で辞めた。


挫折だ!




んで半年後無事に最終ゴール、アメリカ基地の歯科に就職できた。




こちらもまたおもろい奇跡と偶然とが重なり得た仕事だからまたに書こう。




今考えるとあん時は飛行機大丈夫だったんだなぁと思う。だってエコノミーで余裕でバンバン飛んでたし、CAになるってくらいだから別に飛行機を苦痛と感じてなかったわけじゃない。





まじでCAにならなくてよかった。




飛行機大嫌い!





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