経済情報の捉え方

(はじめに)
私たちが経済に関する情報を得るのは、主に新聞やテレビを通じてです。仕事を通じても経済の情報が入って来る事はありますが、自分の周囲の事がわかるだけで、経済全体の様子はなかなか分かりません。むしろ、自分の周囲で起きている事が世の中の普通だと考える事は危険かもしれません。
しかし、新聞やテレビの情報も、気をつけて受け止めないと、世の中の動きを誤解してしまう場合が少なくありません。そこで今回は、経済ニュースの受け止め方について考えてみましょう。

(要旨)
マスコミの経済情報は、珍しい事、問題点、声の大きい人の意見、などに偏る傾向があるので、どのような偏りがあるのかを想像して、それを補正した上で情報として理解する必要があります。言うは易く行なうは難し、ですが。

(犬が人を噛んでも)
ニュースに出るのは、珍しいことです。「犬が人を噛んでもニュースにならないが、人が犬を噛めばニュースだ」と言われます。
たとえば、農家の中には、大変な努力をして作物を輸出している方もおられます。そうした方がニュースに出ると、「日本は製造業だけでなく、農業も強いのか。素晴らしい」という印象を与えかねませんが、それは違います。日本の農家は基本的に一戸あたりの耕地面積が狭く、非効率ですから、日本の農業の競争力は弱いのです。そうした中で、例外的に強い人もいる、というだけの事なのです。
更には、このニュースに接して「日本の農業を強くすれば貿易自由化がピンチではなくなる。むしろ農業を輸出産業として育てるチャンスになる」と考える方もいるでしょう。あるいは、そう主張して貿易自由化を推進しようとする勢力(輸出産業など)もあるでしょう。
しかし、作物を輸出するには大変な努力と才能が必要であり、誰でも簡単に出来る事ではないはずです。特に、農業従事者の圧倒的多数が高齢者である事を考えると 、多くの農家は新たな工夫などが困難で、貿易自由化により大きな打撃を受ける可能性が大きいでしょう。
興味深い人が出ているニュースに接したときは、「ニュースに出ない、普通の人」の事を考えてみる事が重要なのです。

(黙っている人)
円安ドル高になると、輸出企業の利益は増えますが、輸出企業の人は黙っています。「儲かって仕方ない」などと自慢をした途端、税務署が来るし部品メーカーは値上げを要求して来るし労働組合は賃上げを要求するし、良い事など無いからです。
一方、輸入原材料を使っている企業は「困った困った」と大声を出します。「今期は赤字だからボーナスはカットする」「国産の材料メーカーには値下げを御願いせざるを得ない」と言うためです。
マスコミには、当然ながら困った会社の事が数多く採り上げられ、儲かっている会社の事は出て来ません。
一方で、円高ドル安になると、輸出企業が困ったと言い、輸入企業は黙っています。マスコミには輸出企業だけが登場します。
そうなると、マスコミ情報からは、円高でも円安でも日本経済は転覆してしまいそうな印象を受けますが、そんな事はありません。輸出と輸入は概ね同額ですから、輸出(輸入)企業が損している分だけ輸入(輸出)企業が儲かっているわけで、円高でも円安でも日本経済にはそれほど影響は無いのです。(影響が全く無いわけではなく、実際には円高の方が景気に悪い場合が多いのですが、マスコミから受ける印象ほどは悪くない、という意味です)。

コメの輸入が自由化されると、少数の農家が大きく困り、多数の非農家(コメの消費者)が少し助かります。しかし、農家が必死で反対運動をする一方で、消費者は積極的な賛成運動をしませんから、大規模な反対デモだけがマスコミに流れ、あたかも世論が輸入自由化に反対しているような印象を与えてしまう場合があります。マスコミ情報が事実から乖離している、というわけです。
ちなみに、賛成運動が起きないのは、一つには賛成派は一人当たりのメリットが小さいので運動に参加するインセンティブが乏しいという事ですが、今一つ、人間は同じ金額を儲けた喜びよりも損した悲しみの方が遥かに大きいので、儲けるための運動より損しないための運動の方に参加のインセンティブを感じるから、という事もあるようです。

マスコミ情報ではありませんが、情報の取り扱いに関しての失敗例を一つ御紹介します。ある代議士が、地元の高齢者から「金利が低すぎて、金利生活者が困っている。金利を上げて欲しい」という陳情を受けました。そこで、「金利を上げるべきだ」という発言をしたら、地元の中小企業が「冗談じゃない。金利が上がったら、我々は潰れてしまう」と怒鳴り込んで来たそうです。
現状に不満を持っている人(本件では金利生活者)は声を出し、満足している人(現状では中小企業)は黙っているので、民意を汲み上げるのは大変なのです。
ちなみに筆者も、大学の大教室で講義する際、一部の学生から「クーラーを止めて下さい」と言われた時には、全員に聞いてみる事にしています。黙っている大多数の学生が現状の空調に満足している可能性も高いからです。


(悲観バイアス)
マスコミの情報は、真実から若干悲観的な方にバイアスがかかっている場合が多いので、このバイアスを補正して真実がどこにあるのかを正しく認識する事が必要です。バイアスをもたらす理由はいくつかあります。
一つは、前述の「儲かっている会社は黙っている」「満足している人は黙っている」という事です。
今ひとつは、経済について語る人が、悲観的な話をしたがる事です。楽観的な話をすると、「何も考えていない能天気な人だ」と思われかねないので、「こんな問題がある」「こんなリスクがある」と否定的な材料を並べる事で賢く見せよう、というインセンティブが彼等にはあるのです。「悲観的な見通しを述べて外れても誰にも怒られないが、楽観的な見通しを述べて外れると怒られる」という事もあるようです。「大不況が来る」と10回予想して9回外れても、人々は忘れてくれますし、1回当たれば人々は「大不況を予言したカリスマだ」と言ってくれます。
バブル崩壊後の日本経済が長期にわたり低迷していた事も、この傾向を助長しています。楽観派のDNAを持ったエコノミストが、予想がハズレ続けたため、表舞台から姿を消し、悲観派のDNAを持ったエコノミストだけが生き残って活躍している、というわけです。
更には、日本人は悲観的な話を聞きたがるので、それを知っているマスコミが悲観論者を好んで起用する、という事もあると言われています。マスコミも商売ですから、視聴率や販売部数を稼ぐためには、客の好む情報を流すインセンティブがあるわけです。別にマスコミが悪いわけでも、客が悪いわけでもありませんが、世の中はそういうものだ、と考えながらマスコミ情報を咀嚼するようにしたいものです。


(象が尾に怪我をした)
マスコミのニュースは、断片的な物が多いので、これを理解するためには全体像を把握する必要があります。たとえば「象が尾に怪我をした」というニュースを聞いても、象というものを知らなければ何のことかわからないでしょう。ニュースを流している方は、当然のように象というものを知っている人を対象としているので、情報の受け手の方が勉強する必要があるのです。
たとえば「輸出が前年同月比で5%増えた」と言われても、日本はそもそも貿易収支が黒字なのか赤字なのか、前年同月は輸出がたまたま少ない月だったのか普通の月だったのか、輸入も同時に増えたのか、といった事がわからないと、ニュースの本当の意味はわかりません。更に言えば、輸出が増えた理由、輸出が増減するメカニズムなども知っている方が、より深い理解につながるでしょう。そうした解説記事などがあれば、是非読んでみましょう。

株価や為替レートなどに関しては、グラフが役に立ちます。「今日は株価が上がった」というニュースを見ても、昨日や今日の株価が1ヶ月前、1年前、5年前、10年前と比べてどうなのか、という大局観が持てないと、本当の意味はわかりません。もしかすると、昨日が史上最高値で、本日は最高値を更新したのかも知れませんが、もしかすると昨日が史上最安値で、本日は史上2番目の安値だったかもしれないからです。
一瞬で大局観を持つためには、「株価の推移」というグラフを見ることです。インターネットで簡単に見れますから、過去1年、過去10年のグラフを眺めてみましょう。簡単にイメージが掴めると思います。

以上のように、マスコミ情報から経済の正しい姿を認識する事は容易ではありません。バイアスがかかっていたり断片的であったりする情報を元に、できる限り「経済の元の姿」を想像する必要があります。「言うは易く行なうは難し」ですが。
今回は以上です。

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