第二章 銀行員というもの

第一章で記したように、私の勤めていた銀行は、若干特殊な銀行でしたが、以下の話は普通の銀行の人の話も聞いた上でのものですから、銀行業界一般の話だと考えていただいて、大きな誤りは無いと思います。

第一節 総合職と一般職

(総合職と一般職の違い)
銀行員は、通常、総合職と一般職に大別されます(呼び方は銀行により様々ですが)。一般職は制服を着ているのが普通ですから、すぐに見分けがつきます。総合職は男性が多く、一般職は殆んどが女性です。

総合職というのは、幹部候補生で、ローテーション(人事異動で様々な仕事を体験すること)を繰り返しながら、ゼネラリストとして広い視野を持ち、高い見地からの判断が出来るように訓練されていきます。これに対し、一般職は、ルーティン・ワーク(日常的な淡々とした事務処理作業等々)を正確に素早くこなせる事を主に求められる人々です。ベテランになれば、現場のプロとして、時として生じるトラブルの処理なども迅速に行なえるようになります。

身近な例で言えば、銀行の窓口で預金を預かったり送金の依頼を受けたりしているのは主に一般職です。その後ろで検印を押している(上司として部下の行為をチェックしている)のが総合職です。もっとも、総合職の新入社員も、研修のため、一般職と並んで銀行の窓口に出る事があります。

融資関係部署で言えば、顧客と交渉して融資の可否を決めるのは総合職で、その補助として契約書の作成、経理処理伝票の作成などを行なうのが一般職です。その他、銀行としての方針を立てたり銀行内部の規則を作ったりするのは総合職の仕事です。

総合職は、ローテーションをしますので、若いうちは常に「不慣れな」仕事を担当し、ベテランの一般職に教えられながら育ちます。課長になっても、現場の細かい事はわかりませんから、やはり一般職のベテランを頼りにする事になります。このことは、総合職にとって、ベテラン一般職の機嫌を損なうと大変仕事がやりにくくなる、という事を意味しています。これは、銀行に入行する総合職の人には、強くアドバイスしておきたい事項の一つです。

若手総合職の男性は、「さわやかな青年」として年長者を立てていれば、概ね問題は無いのですが、問題は総合職の女性です。ベテラン一般職の中には、彼女たちに対して「同じ女性なのに、自分はルーティン・ワーク要員で彼女は幹部候補生だ」という意識を持つ人も少なくありませんから、結構苦労している若手女性総合職も多いのだろうと思います。

銀行は男女差別の厳しい組織だと言われています。確かにそうした面は否定できませんが、実際に若手女性総合職の立場に立つと、男性よりもベテラン一般職の方が悩みの種なのかもしれませんね。

(預金課長の仕事)
さて、預金窓口の後ろにいる課長は、主に何をしているのでしょうか。主には、上記のように検印を押しているわけですが、その主目的は、不正の防止です。顧客の依頼どおりにコンピューターへの入力がなされているか、等々をチェックしているわけです。この仕事は、「一般職は悪い事をするかもしれないから、悪いことをしない総合職が見張っている」というように聞こえるかもしれませんが、実態はそれほど厳しいものではありません。総合職の課長は、膨大な書類を全てチェックする事は出来ないので、多くは詳しく見ずに押印し、何件かだけ抜き打ち的に選んでじっくり調べるというケースが多いようです。それでも悪いことをしようと考える社員がいた場合に抑止力として働く効果は大きいのです。

余談ですが、日米の銀行で、チェック機能の考え方は大きく異なります。日本の銀行のシステムは、性善説が主で、「たまに悪い人がいるかも知れないから、そういう人が悪いことを企まないようにしよう」という程度ですが、米国の銀行は性悪説ですから、「そもそも人間は悪いことをするものだ。特に、札束が目の前にある銀行窓口の係は、悪いことをするインセンティブが強い。」という発想で、日本の銀行よりも遥かに厳しいチェック体制がとられています。

預金課長の仕事は、いま一つあります。それは、一般職を怠けさせないこと、出来れば気持ちよく働いてもらうことです。皆さんも、銀行の窓口に行かれた事があると思いますが、窓口の人々は実によく働きます。しかも、顧客に笑顔で対応しています。これは、よく考えると、不思議な事なのです。

一般職は終身雇用です。したがって、ダラダラ仕事をしていても、顧客に笑顔を振りまかなくても、解雇される事はありません。一方で、真剣に働いても顧客に笑顔を振りまいても、大して偉くなれるわけでもなく、給料が大きく上がるわけでもありません。それなのに、一般職が真剣に働いているのは、何故でしょうか。

最大の理由は、日本人が真面目で勤勉であること、仲間はずれにされる事を嫌う傾向が強いこと、等々なのでしょうが、課長が一般職のモチベーションのアップに気を使っている事も一因になっているわけです。いずれにしても、外国の銀行の窓口に比べて、日本の銀行の窓口の対応が素晴らしいという事は疑いありません。


第二節 総合職行員の仕事

(世間のイメージ)
銀行員という言葉に対する世間一般のイメージは、「お堅い」「多忙」「高給」「娘の嫁ぎ先にしたい」といった所でしょう。(否定的なイメージとしては、冷たい、傲慢だ、等々もあるようですが、ここでは省略します)。

銀行は、現金を扱う商売なので、他の業界にも増して信用第一です。そこで、採用に際しても銀行内でも「真面目である」事が重視されます。これを外から見ると、「お堅い」と見える事は、不思議ではありません。

「多忙」と「高給」に関しては、昔は本当にそうでした。私の若かった頃は、「銀行員は労働時間も年収も平均的なサラリーマンの2倍だから、時間当たり給料は同じだ」と言われたものです。

その後、労働基準局の検査なども厳しくなり、若者の仕事に対する意識も変化し、昔のような残業は無くなったようですが、一方で年収もバブル崩壊後の金融危機を経て大きく下がりました。

現在では、平均的な銀行員は忙しさも年収も「サラリーマンの平均より少し上」といった所ではないでしょうか。ちなみに、総合職銀行員は殆んどが大学卒なので、同じ大学の卒業生と比較してみると、忙しさも年収も大差ないと思われます。(バブル崩壊の影響をどの程度受けたか、といった銀行間の格差はあるようですし、銀行内でも業務の繁忙度には大きな差がありますので、こうした格差の方が業界間格差よりも大きいかも知れません)。

「娘の嫁ぎ先にしたい」というのは、真面目で年収が高い男性と娘を結婚させたいという親心でしょうが、これについては特に反対する理由はありませんし、特にお勧めするわけでもなく、何ともコメントのしようがありません。

(責任のある仕事)
総合職銀行員で最も一般的な仕事は営業(融資など)ですから、銀行の融資の仕事と自動車のセールスを比較してみましょう。

まず、お客様に信頼される事、お客様のニーズを把握し、適切なアドバイスをする事、などが取引を獲得するために重要です。この点は両者共通です。取引が成立した時の充実感も、共通です。自動車は製品の品質でお客様を説得できますが、銀行の融資は品質で勝負が出来ませんから、アドバイスの適切さなどが一層重要になってくる、といった違いはありますが。

おそらく、最も大きな違いは、銀行の融資担当者の肩には取引先の運命がかかっているという事だと思います。自動車のセールスマンが仕事をサボっても、自動車が売れなくなって会社が損するといった程度でしょうが、融資担当者がサボると、借り手が倒産しかねないのです。借り手は、支払い予定日に合わせて銀行から融資を受ける予定にしているので、融資担当者が借り手の希望日に融資を実行出来ないと、借り手が資金繰りに詰まって倒産してしまう可能性があるからです。そうなると、借り手の従業員が何百人も路頭に迷うことになりかねません。大変責任の重い仕事なのです。


責任の重さは、「返済能力には疑義があるが、既に行なっている融資の期限が来た時に、借り換えを断らなくてはいけないか否か、判断に迷うような先」に対する判断を行なう際にも、痛感します。判断を誤まると、多くの人々に多大な迷惑をかけてしまうからです。

一方、大変充実感を感じる瞬間もあります。自分が貸そうと判断した先に関して、渋る上司を説得する資料を作成し、融資を実行して、何百人かの借り手社員の生活を守った時です。「自分が適切な資料が作れなければ路頭に迷っていたかも知れない人々」を助ける事が出来たという喜びは、おそらく自動車のセールスに成功した時の喜びとは比較にならないでしょう。

(ノルマと実績)
銀行は、基本的にノルマ社会です。新入社員には、「○と○の資格を取得せよ」といったノルマが課せられ、週末に勉強して資格を取る事を余儀なくされます。

営業マンには「預金を○円集めて来い」「融資を○円増やせ」「投資信託を○円売って来い」といったノルマが課せられ、それを達成した者が出世する、というのが基本です。ノルマと呼ばず、「目標」と呼んでいる銀行も多いようですが(笑)。

課長には、課のノルマが与えられますから、部下がサボっていると自分のノルマが達成できず、部下も自分も出世が遅れます。従って、部下の尻を叩いて働かせる事が課長には必要なのです。課長は部下を鍛えているのでも虐めているのでもなく、自分の出世のために尻を叩いているのです。

ノルマを達成したか否かの勝負は、相対的なものです。同期の中でノルマ達成率が何番目であるかによって、出世に影響するのです。したがって、「皆で協力して」という雰囲気は醸成されにくい職場だと言えるでしょう。

余談ですが、私の勤めていた興銀は、その意味でも特殊でした。ノルマが無いのです。一方で、「皆と協力して仕事をする能力と意欲」が重要な評価基準となっていましたから、競争心を剥き出しにする事が出世の妨げになるような文化でした。そうした和気藹々とした文化が、合併に際して変化してしまった事は、大変残念な事でした。


一番わかりやすい日本経済入門/河出書房新社

¥価格不明
Amazon.co.jp

経済暴論: 誰も言わなかった「社会とマネー」の奇怪な正体/河出書房新社

¥価格不明
Amazon.co.jp

老後破産しないためのお金の教科書―年金・資産運用・相続の基礎知識/東洋経済新報社

¥価格不明
Amazon.co.jp

初心者のための経済指標の見方・読み方 景気の先を読む力が身につく/東洋経済新報社

¥価格不明
Amazon.co.jp