第三節 総合職行員のライフサイクル

 

 

 

(若手行員)

 

若手総合職は、第一に兵隊です。「さわやかな青年」として雑用を厭わず笑顔でこなす事が大前提です。たとえば私は日銀に札束を届けたりしました。その他、たとえば職場で花見を行なう際には、場所取り等も自発的に行なう事が望まれます。体育会系の出身者は、そのあたりの身のこなしが鍛えられていて、順応しやすいようです。そうでなくとも、学生時代に飲食店などでアルバイトをしておくと、役に立つでしょう。(家庭教師のアルバイトは、収入にはなりますが、社会勉強にならないので、飲食店なども経験しておく事が望ましいと思います)。

 

 

 

若手総合職は、同時に幹部候補生です。平日は、与えられた仕事をこなしながら、銀行の全体の仕事の流れを頭に入れ、他の部署と自分の部署がどのように繋がっているか、といった事を理解していきます。自分の書いた伝票が何処の部署に回付されてどのように処理されるのか、どの部署の誰がどういうミスをすると、どの部署でどのようなトラブルが発生するのか、といいった部署間の連携にも注意を払えれば理想的です。将来、管理職になった際に、高い見地からの判断をする際に、こうした経験が役に立つはずです。

 

 

 

週末は幅広く勉強して様々な資格を取得することを求められます。私が若かった頃に比べて、取得すべき資格は格段に増えていますから、これは結構大変な事だと思います。もっとも、残業時間は大幅に減っていますから、その分の時間を自分のために投資することは、悪い事ではないでしょう。ちなみに、取得すべき資格が増えたのは、規制緩和で銀行の業務が多様化したからです。私の頃は、銀行が保険や投資信託を売る事は禁止されていましたから、保険や投資信託について勉強する必要はなかったのです。

 

 

 

(営業担当者)

 

若い時は、様々な仕事を経験する場合も多いのですが、何と言っても重要なのは、営業担当者としての仕事です。これは銀行の基本なので、誰でも一度は若い間に経験する事になります。

 

 

 

最大の仕事は、企業からの借入申込に対して企業の返済能力を調べ、大丈夫と判断すれば書類を書いて上司に申請し、許可をもらって貸出す事です。しかし、それだけではありません。預金や外国為替などの取引も取引先に御願いします。個人企業であれば、社長の個人預金も御願いします。大企業であれば、新入社員の入社式で銀行預金口座の開設申込書を配らせてもらえるよう、依頼する事もあります。取引先と親密になり、様々な取引を獲得する事が、営業担当者には求められているのです。

 

 

 

営業担当者として重要なことは、ノルマを達成することです。ノルマを達成する事が、出世の重要用件です。ノルマは、「本部」から支店に来ます。支店宛のノルマを支店長が個人毎に割り振る場合が多いようです。ノルマは、その時々の銀行の方針によって変化します。預金を集めたい時、貸出を増やしたい時、投資信託を売りたい時、等々です。もちろん、すべて出来れば完璧ですが、そういう人は少ないので、「営業担当者の力をどこに優先的に使わせようか」という本部の方針が反映されるわけです。

 

 

 

営業成績が優秀だと、「本部」に転勤する場合もあります。たとえば銀行の方針を決めたり、支店別のノルマを決めたり、人事異動を行なったりする部署です。場合によっては、他社や関連会社などに出向して多様な経験を積ませてもらえる場合もあるようです。

 

 

 

(管理職)

 

管理職は、部署の仕事が全体としてうまく回るように工夫する事が求められています。最低限、守らなければならない事を守らせる事(コンプライアンスの徹底)は当然ですが、これは実際には結構面倒な事です。「そこまで厳格に管理しなくても、部下が悪い事をするはずが無い」という信頼関係をどう考えるか、といった問題も出てくるからです。

 

 

 

「部下に何を命じるか」が次に重要な事ですが、これは比較的明らかな場合も少なくありません。その場合には、「部下を如何に指導するか」が重要になります。部下に仕事の上手な進め方を指導するほか、部下が相互に協力出来るように調整する事も重要です。

 

 

 

いま一つ、「部下のやる気を如何に引き出すか」も極めて重要です。部下は上司の人事考課を受ける立場ですから、基本的には上司の命令に従うわけですが、それでも「あの人のためなら全力で頑張ろう」と思われる場合と、「嫌な上司だが、上司だから仕方ない」と思われる場合では、自ずと部下の仕事振りは変わってきます。部下の仕事振りだけではありません。管理職の人事考課にも影響します。管理職の上司が管理職を評価する際には、「管理職が部下たちのやる気を引き出しているか」も考慮するからです。

 

 

 

部下のやる気を引き出す事は、容易な事ではありません。上司の人間性というか、人徳といったものが大きく影響するのですが、それ以外にも古来部下の使い方については様々な名言がありますので、それを参考にします。たとえば「やってみせ、言って聞かせてさせてみて、ほめてやらねば人は動かじ」といった具合です。

 

 

 

なお、管理職の仕事で気が重いものの一つは、部下の人事考課です。もちろん、人事考課があるから部下が自分の指示に従う、という面が強いので、これを行なう事は絶対に必要なのですが、一方で、部下の将来を左右しかねない判断を行なうわけですから、責任の重い仕事です。人事考課の難しい所は、「総合的に評価すること」と、「客観的に評価すること」です。

 

 

 

「総合的に評価する」とは、表面の数字だけで評価しない、ということです。ノルマを達成しても、協調性が欠けていて、職場の雰囲気や規律を損なう人物には厳しい評価をする必要があります。しかし、職場の雰囲気作りに如何に貢献しても、ノルマを達成しない部下には厳しい評価をせざるを得ません。その辺りを、如何に評価すべきか、大変悩ましい所です。

 

 

 

また、意外と難しいのが、「人事考課は年に一度なので、その直前に頑張った人の印象は強く、前回の人事考課の直後に頑張った人の印象は薄くなりがちである」といった事です。理想を言えば、「毎月人事考課を手帳に付けておき、実際の人事考課の際には12個の評価を平均する」という作業が望ましいのですが、実際にそこまで行なっている管理職は稀でしょう。

 

 

 

ちなみに、このことは、若手にとって重要な事です。それは、「1年間の仕事量を一定とすれば、人事考課直後には若干手を抜いて、次の人事考課直前に思い切り頑張る事が合理的」だからです。第一章で「相手の視点で物を見る」と記しましたが、これは、その一例です。若手にとっては「上司がどのように人事考課を行なっているのか」という視点で物を見る事で、得をするからです。

 

「客観的に評価する」という事も、意外と難しいものです。「上司に御世辞を言う部下を高く評価する」事は望ましくありませんが、「上司の指示に素直に従う」部下を高く評価する事は当然です。言葉ではその通りなのですが、実際に人事考課を行なう際には、どうしても御世辞を言う部下が可愛く思えてしまい、「上司の指示に素直に従う望ましいサラリーマン」として評価してしまう可能性は否定出来ないでしょう。だからこそ、御世辞を言う部下が多いわけですが。

 

 

 

(出向、転籍)

 

銀行員は、「終身雇用」です。これは、銀行が行員の雇用について定年まで責任を持って面倒を見る、という事です。従って、銀行に入行すれば、失業する心配からは解放されますが、これは一生銀行が雇ってくれるという事ではありません。銀行員は、50歳を過ぎると、他社に出向し、その後は「転籍」するのが一般的なのです。

 

 

 

銀行は、年功序列ですから、年齢を重ねると収入も地位も上昇していきます。一方で、ポストはそれほどありませんし、給料の高い行員を大勢雇っておくとコストが嵩みます。したがって、50歳を過ぎた行員は、他社に転籍(他社の社員となること)して欲しい、というのが銀行の希望です。重役になると、50歳を過ぎても銀行に残りますが、それも数年間の話です。

 

 

 

一方、銀行の取引先にとっても、銀行のOBを受け入れるメリットがあります。中小企業は人材不足な場合も多いので、経理部門の責任者に銀行のOBを迎えたがる企業も多数あります。また、銀行のOBを受け入れておけば、会社が苦境に陥った際に、銀行の支援が受けやすくなる、という思惑も働くでしょう。その裏返しとして、銀行の依頼を無碍に断るわけにいかない、といった力関係も影響しているものと思われます。

 

 

 

このように、双方の思惑が一致すれば、銀行員が取引先に出向し、転籍することになるわけです。もっとも、銀行と企業の関係が変化してきたため、「銀行の要請だから無碍には断れない」という取引先が減少し、銀行員の引き受け手が少なくなりつつあります。したがって、銀行の関連会社に転籍する人数が増える傾向にありますし、取引先に転籍する場合も、従来の転籍先と比べて給与水準の低い企業に転籍するケースが増える傾向もあるようです。

 

 

 

(銀行員の転職)

 

かつては、転職する人は稀でした。一つには、銀行が恵まれた職場であり、転職する動機が小さかったからです。いま一つは、日本中の会社が終身雇用制を採っていて、中途採用をする会社が稀であったため、転職しようと思っても転職先が見つからなかったのです。

 

 

 

当時から転職をしていたのは、外国為替のディーラーでした。腕利きのディーラーは、年に何億も稼ぐので、外資系企業から年収何千万円で引き抜かれていった人が話題になったものです。しかし、それは大変例外的なケースでした。

 

 

 

他の大企業が受け入れてくれなければ、「銀行を辞めて会社を作る」という選択肢もあるのですが、かつての日本では、大企業に勤める事に価値を見出す人が多く、ベンチャー企業を興す事に価値を見出す人は多くなかったのです。(私が留学中に米国人からショックを受けた話を御参照)。

 

 

 

しかし、最近では銀行員の転職も大分増えて来ました。第一に、銀行がそれほど恵まれた職場では無くなってきている事、第二に、中途採用を行なう銀行や企業が増えてきている事、第三に、銀行を辞してベンチャーを設立する事に対する心理的な抵抗が減ってきた事、などが理由だと思われます。

 

 

 

興銀の例で言えば、中途採用で長銀などから人が来ていましたし、外資系に転職した人、ベンチャーを興した人、大学に転出した人、なども増えました。銀行業界全体としては、まだまだ少数派のようですが、外資に譲渡された長銀や都銀と合併した興銀のように、企業文化が大きく変化したケースでは、結構な比率で転職が起きているようです。

 

 

 

どういう人が転職しているのでしょうか。仕事の内容で言えば、市場関係者(外国為替のディーラー、株のファンドマネージャーなど、株式や外貨などの売り買いを仕事とする人)が多いようですが、国際関係の仕事をしていた人も比較的転職が多いようです。これは、「手に職が付いている」ことで、転職市場での価値が高いことによるのでしょうが、職場の雰囲気も影響している可能性があります。市場関係者は、個々人が「職人」であり、集団組織の一員というよりは一匹狼的な仕事の仕方に慣れているのかもしれません。国際関係の仕事をしている人は、外国の転職文化に触れる機会が多く、転職を特別なものと考えない傾向が強いのかもしれません。

 

 

 

また、メガバンクの人が出身地の地銀などに「Uターン」する場合もあり、こうしたケースでは市場関係者などに限らず、営業部門の人なども多いようです。

 

 

 

転職の契機としては、ヘッド・ハンティングされる(=人材仲介のプロに声をかけられる)場合もありますが、「元の同僚に誘われて」というケースも少なくないようです。外資系に転職した人、ベンチャー企業を興した人などが、人員を拡充しようと考えた時には、昔の職場で気心の知れた人に声をかける事が自然だからです。

 

 

 

今後も、転職する銀行員は、少しずつ増えていくかもしれません。外資系に高給で引き抜かれる人、ベンチャー企業で夢を追う人、経営が傾いた銀行の社員、銀行の業務に見切りを付けて他の業界に移る人、等々です。

 

 

 

転職しようとする際、重要なのは、実績と人脈と資格です。銀行業界の中で転職する場合には、「彼(彼女)は優秀だ」という評判が物を言います。ヘッド・ハンターや昔の同僚に誘ってもらえるのは、実績のある人だからです。人脈も重要です。社内外に知り合いを増やし、情報網を張り巡らしておけば、そうでない人よりも絶対に有利です。転職は、秘密裏に決まる事が多いので、個人的な繋がりが重要なのです。

 

 

 

資格を取る事も重要です。公認会計士、不動産鑑定士などの資格をとれば、会計士事務所などが雇ってくれるでしょう。MBAの資格も、外資系に転職する際には有利に働くかもしれません。夜間大学院で博士号を取得すれば、大学教員に一歩近づくでしょう。もっとも、転職に結びつくような資格は、相当な覚悟で望まないと、なかなか取れません。仕事と資格の両立が難しいとすれば、転職に軸足を移した対策が必要な場合も出てくるかもしれませんね。