第二節 銀行業の将来性

ここからは、今後の見通しです。これについては、様々な見方があるでしょうから、その中の一つという事で、気楽に読み流してください。

(安定したリテールビジネス)
銀行業務は、地味だが安定した業務と、派手だが浮き沈みの大きい業務に分けられます。前者は、「リテール業務」と呼ばれるもので、個人や中小企業を相手にした、伝統的な銀行業務などです。預金を集めて貸出を行ない、送金などを請け負い、投資信託や保険などを販売する、といったビジネスです。後者は、先端的な金融技術を活用したビジネス、大企業との複雑な金融取引を行なうビジネス、国際的な金融ビジネス、等々であり、高度な金融技術を用いてグローバルに活躍するイメージです。

メガバンクなどは、リテール・ビジネスもそれ以外も幅広く手がけていますが、普通の銀行等(地銀、第2地銀、信金、信組)は、業務の大半がリテール・ビジネスです。したがって、ここではまずリテール・ビジネスについて記し、その他については後述することにしましょう。

銀行のリテール・ビジネスは、流行り廃りの無い、安定したビジネスです。預金したい人が減る事は考えられませんし、景気の波の影響を均せば、借金をしたいという人や会社も一定の水準は維持するでしょう。

一方、ライバルが参入する可能性も、相当低いと考えてよいでしょう。まず、証券会社が中小企業に社債発行を勧めるという可能性は小さいです。社債ビジネスは、一件当たりの発行額が一定規模以上でないと採算が取れないからです。

外資系の銀行がリテール・ビジネスに参入する事も考えにくいでしょう。リテール・ビジネスは、人と人の繋がりが重要な要素となります。地元に密着した人が顔なじみの人から信頼されて預金をしてもらったり融資を受けたりする、というのが基本だからです。銀行からの借入は、(金利に差がない限り)性能は同じですから、借りる側からすれば、相手が親身になって相談に乗ってくれるか否か、といった点が重要です。

一方で、貸す方にとっても、借り手の返済能力を判断する際には、地元の企業で様子が分かった所の方が安心です。たとえば商店街の肉屋と雑談している中で「最近、隣の魚屋の親父が競馬に夢中で仕事をしていない」といった話が出れば、魚屋の親父に「競馬をやめないと、融資を引き揚げるよ」と脅かしに行く事も出来るでしょうが、そうした情報無しに、いきなり魚屋が夜逃げをしては大変だからです。

以上のように、リテール・ビジネスは、安定したビジネスです。もっとも、ゼロ成長時代ですから、成長や発展が望めるわけではありません。リテールのビジネスは、低成長が大きな打撃になるという点は懸念材料です。自動車産業であれば、ゼロ成長でも毎年同じだけ自動車を生産していれば良いので、特に苦しいという事は無いのですが、リテール・ビジネスは、ゼロ成長だと企業からの借入需要が減って行くのです。

成長している経済であれば、企業は利益の中から配当をし、残りで新しい設備を作って成長して行きます。しかし、ゼロ成長だと設備投資の必要が無いので配当した残りが銀行借入の返済に廻ってしまうのです。ちなみに、既存の工場が古くなって建て直す分は減価償却費で賄いますから、利益を使って設備を作るわけではありません。

日本経済が成長力を取り戻すか、そうでなくとも少子高齢化による労働力不足を省力化投資で乗り切るために設備投資が増えて行くか、どちらかが望まれます。

なお、フィンテックやAI(人工知能)の影響で銀行員の仕事が奪われると言う人がいますが、そのあたりはどうなるか、私にはよくわかりませんので、「リスクの一つではあるが、他のすべての産業で、仕事AIに奪われる可能性はあるのだから、気にしても仕方ない」と言っておきましょう。

(金融の先端技術)
リテール・ビジネスの対極にあるのが、金融の先端技術です。数学者などを大量に雇い、難しい数式やコンピュータープログラムを用いて「デリバティブ」や「証券化」などと呼ばれる新商品を開発し、それを用いてグローバルに商売をしようというものです。これは、「顧客との親しさ」よりも「製品の品質」が物を言う商売です。

こうしたビジネスは、米国の金融機関が圧倒的に強い分野です。最大の要因は、人事制度の違いでしょう。彼等は世界中からプロを高い給料で雇ってきます。優秀なプロは年間何億円も稼ぎますが、そうしたプロを大勢雇って開発された商品は、その何倍もの利益を金融機関にもたらすのです。
一方、日本企業は新卒の学生を終身雇用で採用し、ゼネラリストとして養成し、年功序列賃金で処遇します。これは、チームワーク等々には有効ですが、数学等を駆使する高度な技術の開発には向かないのです。

もっとも、こうしたビジネスは流行り廃り、浮き沈みの激しい事が特徴ですから、常に儲かるわけではありません。リーマン・ショックと、その原因となったサブプライム・ローン問題は、米国の金融機関が積極的に従事してきたものですが、一度市場の流れが逆転すると、彼等は大きく傷つきました。その意味では、先端ビジネスに注力してこなかった邦銀の方が今回は安定していたということになります。

ちなみに、リーマン・ショックの影響で日本経済も大きく落ち込みましたが、これは米国向けの輸出が激減したことによるもので、日本の銀行が高度な金融技術競争に参戦して痛手を被ったということではありません。

(大企業とのビジネス)
日本国内で銀行が大企業とビジネスを行なう際には、単に貸出を行なうだけではなく、総合的な金融サービスを提供する必要があります。複雑な資金調達の方法、合併や買収に関する情報、等々の幅広いアドバイスが総合的な取引関係を深めるために重要となる場合もあります。知恵を出す事が求められているのです。しかも、競争は大変に熾烈です。大企業の取引銀行になると、下請け企業などとの取引を行ないやすくなるからです。

社債の発行に関しては、日本では米国などと比べて、あまり活発に行なわれていません。大企業向けの銀行貸出の金利が相当低く抑えられているので、多くの大企業から見ると社債よりも銀行借入の方が金利が低いからです。銀行貸出の金利が低い理由の一つは過当競争ですが、理由は今一つあります。それは、銀行は貸出により大企業との取引関係が出来ると、下請け企業などとの取引が行なえる可能性も増すため、貸出自体では儲からなくても、総合的な収益で考えると悪くない場合も多いからです。社債の投資家は、そうした総合的な収益という発想が無いので、どうしても銀行より高い金利を要求してしまう、というわけです。

この点については、一時期「日本の金融を銀行貸出から社債等にシフトさせていくべき」という政策論議がありましたが、下火になって行きました。グローバル・スタンダード信仰の一環として米国的な社債中心のシステムに移ろうという人が多かったのですが、リーマン・ショック後に社債の発行が極めて難しくなった事もあり、「金融危機の時には、社債よりも銀行貸出の方が頼りになる」という事が明らかになったからです。
米国金融機関が強みを持つ最先端金融技術については、邦銀(=日本の銀行)だから日本の大企業との取引を行なえるというわけではありません。しかし、こうした分野についても、本当に最先端の金融技術を欲している顧客はそれほど多くなく、一歩遅れの技術でも顧客の総合的なニーズを適格に把握すれば充分に顧客の満足を得られる場合も少なくありありませんから、メガバンクはそこそこの実績は挙げる事が可能なようです。

大企業とのビジネスで忘れてはならないのが、海外進出に伴なうサポートです。メガバンクは世界中に拠点を持ち、常に現地の情報を収集しているので、大企業が進出する際には、現地通貨を融資するのみならず、様々な情報提供などが可能となるわけです。現地の事情は現地の銀行の方が詳しいのですが、やはり日本企業は日本の銀行を頼りにするという傾向が強いようです。それは、日本企業のニーズをしっかり把握している事、邦銀のきめ細やかなサービスが魅力である事などによるものです。ただ、情けない事ですが、日本人は英語が苦手な人が多いので、邦銀からの情報が日本語であるという点も、実際には重要な要因のようですね(笑)。