ばとん……のような。(SSを微妙に改稿) | 『Go ahead,Make my day ! 』

『Go ahead,Make my day ! 』

【オリジナルのハードボイルド小説(?)と創作に関する無駄口。ときどき音楽についても】


えーっと、はぴすまさん から久しぶりにバトンが回ってまいりました。

まいりました。

まいったんですが……えー、これって何バトンなんでしょう?

 

質問の内容を読むと、以前に頂いたモノに近いような(方向性が、ですが)気がします。

まあ、普通に答えても良かったのですが、37歳のオッサンが「今、何か悩みがありますか?」などと問われても正視に堪えない生々しい答えにしかなりそうにないので、それはちょっとやめたほうがいいかな、と。


そこで考えた代案が「自分の創作の登場人物に答えさせる」という反則技。

ただ、これも普通に答えたのではただの設定資料の公開にしかならない(というか、それにすらならない)ので、ショートストーリー仕立てにしてみました。


バトンの趣旨ではないかもしれませんが、その辺はどうぞご容赦を。

(なので、バトンのルールは記載しませんし、誰にも回しません。元のバトンが知りたい方は↑のはぴすまさんのブログを参照下さい)

 

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「ねえ、何やってんの?」
 アタシはタオルで手を拭いながら、村上の肩越しにノートパソコンのモニタを覗き込んだ。
 村上はいつもの無表情でこっちを向いた。休日仕様の丸みのあるメガネのレンズにモニタの光が反射している。

 誰に似ているか、と訊かれれば一〇人中九人は”微笑みの貴公子”の名を挙げるに違いない端整な横顔が近づいてくると、ほんのちょっとだけドキドキしないこともない。傍によるとほんのりと良い匂いがする。生まれてこの方、香水なんてつけたことがないというから、それは洗い髪の匂いなんだろう。男のくせにそんなものを漂わせているなんてずるい。
「知り合いのブログを見てるのさ」
「ブログ?」

 アタシは思わず聞き返した。

「あんた、あんなのやる人の気が知れないとか言ってなかった?」
「自分がやる気はしないさ。だからって、他人がやるのをとやかく言うつもりもない」
「まあ、そうだろうけど」

 由真がやっているので、アタシだってブログの何たるかを知らないわけじゃない。それでも、アタシには理解し難い世界なのは間違いなかった。今、モニタに映っているブログの主もそうだ。知り合いである村上が見ているのによくいろんなことを書けるものだ。
 村上は何も言わずにモニタに視線を戻した。
 手元のオールド・ファッションド・グラスがかいた汗がコースターに染み込んでいた。三杯目のウォッカ・マティーニは底のほうに申し訳程度に残っているだけだ。

 二杯目からはステアしたものだけど、最初の一杯は「Vodka Martini,Shaken,not stirred(ウォッカ・マティーニを。ステアでなくシェークで)」の注文どおりに作ったものだった。
「面白い?」
 アタシは訊いた。今度は村上は振り向かなかった。
「それなりにな」
「何が書いてあるの?」
「大したことはない、と言っては失礼なんだろうけどな。特に差し支えがあるようなことは書いてないようだ」
「差し支えって?」
「大きな声じゃ言えないが、某署の交通課の若い巡査が仕事のことをブログに書いてたことがあってな。そいつが誰かのタレコミで上層部の目に触れて大目玉を食らったことがあるんだ。俺に言わせれば目くじらを立てるほどのことでもなかったが、ちょうど情報漏洩がどうとかでピリピリしてるときだったからな」
「このブログやってる知り合いも警官なの?」
「藤田だ」
「……ホント?」
 脳裏に村上の同期の刑事の横顔がよぎった。確かにあのお調子者なら誰に見られようと好きなことを書き殴っていそうだ。と言うか、積極的に見てくれと周囲にアピールしていてもおかしくない。他人の動向に無頓着な村上がアドレスを知ってるくらいだ。
 アタシは身体を乗り出してモニタを見た。記事の表題のところには”バトン”という文字が浮かんでいた。
「バトンって何?」
「一種のチェーンメールだな。見た人は回してくださいってやつさ。もっとも、ネット上のバトンには質問がいくつかあって、その答えを自分のブログで記事にしてから順繰りに回していくことになってるようだが。ミュージック・バトンってやつがハシリだって聞いてる」
「あんた、意外に詳しいのね」
「お前が知らなさすぎるだけだ。今どき、検索エンジンも扱えないなんて化石に近いよ」
「うっさい」
 そんなことはない。高校の同級生にも、大学で知り合ったばかりの学友にもコンピュータオンチがいくらでもいるからだ。アタシと彼女たちの違いはただ一つ、分からないものは分からないと素直に認めて、可愛らしく身近なオトコノコに押し付けることができるかどうかだ。
「これもミュージック・バトンなの?」
 別に知りたかったわけじゃない。ただ、分からないままで引き下がったら負けを認めたような気がしただけだ。
「これは違うな。タイトルはついてない。こんなバトンもあるんだな」
「へえ……。質問はどんなの?」
「書き手のことを訊いてる。個人情報と紙一重のような気もするが、まあ、これくらいなら問題はないんだろう。何ならお前、答えてみるか?」
「アタシが?」
「お遊びみたいなもんさ」
 この男がこんなことを言い出すのは滅多にない。まったく酔ってないような顔をしているけど、意外とアルコールが回っているのかもしれない。
 椅子代わりのバランスボールを引き寄せて、村上の隣に座った。
「最初の質問は?」
「えーっと、お名前は?」
「真奈。榊原真奈」
「007みたいな自己紹介だな。次は、おいくつですか、だそうだ」
「……それ、ホントに書いてあるの?」
「あるさ。俺がわざわざお前の歳を訊くわけないだろ」
「まあ、そうだけど。一九八八年生まれの十八歳。もうすぐ十九歳」
「見えないよな――良くも悪くも」
「悪くもってどういう意味よ?」
 村上は薄い苦笑を浮かべただけで答えなかった。

 ――どうせアタシは女子大生とは思えないほど分別くさいよ。まったく、誰のせいだと思ってるんだろう。
「ご職業は?」

 村上は質問を続けた。
「大学生。それと居酒屋のアルバイトで副店長」
「別名、若女将だな」
「余計なこと言わないの。それとモデル。まだ始めたばっかりだけど」
「何でまた、そんなことになったんだ?」
「由真に騙されたのよ。何にも言わずに事務所に連れて行かれてそのまんま。記入済みの申込書まで用意されてたし」
「やりそうだよな、あの子なら」

 村上は眉根を寄せて、困ったように目を細めていた。苦手意識でもあるのか、アタシが由真の話をすると村上はこうやって困惑顔をする。”屁理屈も理屈のうち”と言い放つこの男でも、あの小悪魔とやりあうのは容易ではなさそうだった。

 モデルのアルバイトを始めたのには、本当はそれ以外に誰にも言えない理由があった。特に目の前のこの男には。
「アタシがモデルなんかやったら、そんなにおかしい?」

「そんなことはないさ。ショーに出るときには教えてくれ。見に行くから」
「絶対にヤダ。次の質問は?」
 バトンを続ける義務も義理もないのに、アタシはそう訊いてしまっていた。話を逸らせれば何でも良かったのかもしれない。
「資格は持ってる?」
「普通自動車、普通自動二輪。あと、裏千家の中級」
「お前、茶道なんかやってるのか?」
「お祖母ちゃんとのお付き合いでね。一応、点前は一通りできるわよ。……何よ、その疑わしそうな目は」
「いや、なんでもない。えーっと、今、悩みはありますか?」
「その言い方、何とかなんない?」
「仕方ないだろ、そう書いてあるんだから。どうなんだ、悩みは?」
「そりゃ人並みにあるけど、あんたの前じゃ言えないわよ」
 どうすれば「胸が小さいこと」なんてコイツの前で口にできるというのだ。
「あなたの性格を一言で言うと?」
「そうね、竹を割ったような性格だって言われるけど」
「”竹を割った斧のような性格”の間違いじゃないのか。――いてッ!」
 言いえて妙なのが何となくムカついたので、アタシは村上の肩を小突いた。村上は大げさに痛がってみせた。
「次は?」

「誰かに似てると言われた事はありますか?」
「いろいろ言われすぎて、ホントはどうなんだか分かんないわね。最近言われたので一番傷ついたのがイ・ジュンギかな。確かに「王の男」じゃ綺麗だったけどさ」
「アレは男だもんな。次の質問。社交的、それとも人見知り?」
「どう見ても人見知りだと思うけど」
「その割には二年前のときは見ず知らずの人間とずいぶん話してたじゃないか」
「あのときは必死だったんだもん」
「愛する由真ちゃんのために?」
「……あんたまでそういうコト言うわけ?」
 二年前の事件の後、一番辟易したのは事件の話をせがまれることだったけれど、それに負けず劣らずウンザリさせられたのが由真とのレズ疑惑だった。女子高でそういう話題の下地があるのも手伝ってか(それと事件後しばらく由真がアタシにベッタリだったのもあって)噂がものすごい勢いで膨らんでしまったのだ。
 由真は「気にしなきゃいいじゃん」と事も無げに言った。それはそうなのだけれど、人の噂になること自体が初めての体験なのに相手が同性というのは、いろんな意味でショックだった。
 村上は「悪かった」と謝ったけど、申し訳なさそうな上目遣いとは裏腹に口許は微妙に緩んでいた。どう見ても面白がっている顔だ。説得力の欠片もない。
「フンだ、自分だってずいぶん女っ気がないくせに。あんまり藤田さんとばっかりつるんでると、ホモ疑惑をたてられるわよ」
「気をつけるよ。で、次の質問だが」
「えー、まだあるの?」
「あと何問かだよ」
 質問に答えるのもいい加減に飽きていたけれど、始めたことを中途半端でやめられないのはアタシと村上の数少ない共通項だった。「ギャンブルは好きか?」「これのためなら一食抜ける」とかどうでもいいような質問が続いたので、どうでもいいような適当な答えを返した。食べ物・飲み物の好き嫌いを問われたのには少し困った。嫌いなものが甘いもの全般なのはいいけど、好きなものは迷った末に「コーヒーかな」と答えるにとどめた。いくら非番でも現職の警官の前で”アルコール”とは答えられない。

「次の質問は何?」

「……えーっと、これは飛ばそうか」

「何よ、それ。そんなに変な質問なの?」
「そういうわけでもないが……。じゃあ訊くが、恋人はいる?」
 アタシは村上を思いっきり横目で睨んだ。
「知ってるくせにそれを訊くわけ?」
「俺が訊いてるんじゃないって、さっき言っただろ。それに訊けといったのはお前だ」

 確かにそうだった。それでも、それは二つの意味で爆弾だった。一つは昔のことと割り切るにはまだ生々しい話であること。もう一つはこの男にはあんまり話したくないことだからだ。どうしてそうなのかは自分でもよく分からなかった。
「……別にどうでもいいけど。二月に別れたばっかりで、それ以降はフリーよ」
「そうだったな。次を探したりはしてないのか?」
「その質問もそこに書いてあるの?」
 アタシはモニタに顎をしゃくった。自分でも声が刺々しくなっているのが分かる。村上は肩をすくめただけで何も答えなかった。

 気詰まりな沈黙が漂った。

 バトンは終わりでも構わないけど、その空気は追い払いたかった。アタシは「お替りは?」と訊いた。村上はさっきから空のグラスを弄んでいた。

 村上は少しだけホッとしたように目許をゆるめた。
「そうだな、あと一杯だけ貰おうか。お前も飲むか?」
「クルマだから遠慮しとくわ」
 本音を言えば飲みたかったけど飲酒運転をするわけにはいかないし、バツイチの独身男の部屋に一泊するのも憚られた。相手が小学生の頃から知っている男で、おそらくアタシを女だとは思っていないとしても。
 キッチンに立ったついでにやりかけの洗い物を済ませて、マティーニのお替りと自分の分のコーヒーを淹れた。酒肴もなくなっていたので冷蔵庫からオイルサーディンの缶を取り出して火にかけた。主義には反するけどコーヒーのお湯は電子レンジで沸かした。狭いスペースにドリッパをセットしながら、空いた時間で最初の一杯と同じようにマティーニをシェイクした。
 ワンルームマンションのオモチャのようなキッチンは何をするにも不便だけれど、段取りさえ良ければ何とかなるものだ。バトンではそういうことは訊いてくれないのだろうか。
 アツアツのイワシに一味唐辛子を軽く振りかけて、酒のグラスと一緒にパソコンデスクの端にトレイごと載せた。
 爪楊枝で刺したイワシを口に運んで、村上はご満悦だった。仏頂面が標準装備のこの男も、食べているときだけは柔和な表情を見せることがある。アタシが通いの家政婦をやっている理由の何割かは、他の場面ではまず見られないその顔が見たいからだった。
 結局、村上はオイルサーディンを一缶と一緒に、四杯目のウォッカ・マティーニをきれいに飲み干してしまった。オールド・ファッションド・グラスで四杯だから、カクテル・グラスでなら一〇杯以上は飲んでいることになる。
「質問はそれで終わり?」

 アタシはバランスボールに腰を下ろした。マグカップを両手で包み込んで、ぬるめのインスタント・コーヒーをすすった。電子レンジではどうしてもアツアツにはならない。
「あと幾つかあるが、まあ、別にいいよ。今までの自分の経験で面白いことや自慢できることは、とか訊かれても答えようがないだろ――」
 不意に村上がビックリするほど大きな欠伸をした。
「ひょっとして眠いの?」
「……ああ。おかしいな、別に寝不足でもないんだが」

「かもしれないけど、眠いんだったら寝たら?」

「そうさせてもらうよ。帰るときは忘れずに鍵を掛けといてくれ」
 もう一度欠伸混じりにそう言って、村上はパソコンの電源を無造作に落とした。寝ると言うからベッドに移るのかと思ったら、椅子のリクライニングをいじって背もたれを大きく後ろに倒した。
「そのまま寝る気じゃないでしょうね?」
「ここで寝るよ。意外と気持ちいいんだ、この椅子」
「大丈夫なの、あんた?」
「何が? これくらいの酒で酔うほど弱くないよ」
 その言い草でアタシは確信した。この世に酔っ払いの「酔ってない」くらい当てにならない言葉はない。
 村上がこんなに酔っているのを見るのは初めてだった。

 藤田の話では外で飲むときは他の誰が酔いつぶれても村上だけは正気を失わないので、最後に全員をタクシーに押し込むのは村上の役目なのだという。それくらい、この男は酒を飲むときでもどこかで緊張を保っている。
 自宅だからか、それともアタシの前だからかは分からないけど、今の村上はそんなタガが外れるほどリラックスしきっていた。

「もう、しょうがないなあ。ベッドで寝ないと風邪ひくわよ」

 アタシは村上の肩を揺すった。力の抜けた身体はアタシの手の動きに合わせて大きく揺れた。
 力ずくでベッドに運ぼうかと思ったけど、酔っ払いを運ぶのは重労働だ。由真のような華奢な女の子でも大変なのに、見た目よりもかなり逞しいこの男をアタシ一人で運ぶのは無理だった。
 仕方ないのでベッドからブランケットを持ってきて村上の身体に掛けた。とっくに眠りに落ちているかと思ったら、村上の目がうっすらと開いた。
「――悪いな、勝手につぶれて」
「別にいいけど。あ、ホントに悪いって思ってるんだったら、一つだけ質問に答えて」
「何だ?」
「彼女にするならどんな人が理想?」
 それは「恋人はいるのか?」の次の質問だった。村上は少しトロンとした眼差しでアタシのことを見ていた。口許にはあやふやな微笑が浮かんでいた。
「そうだな……。背が高くてスラッとしてて、黒髪で、凛々しい顔立ちで、活発で、そのくせに家事をパーフェクトにこなす女がいいな。あ、そうそう。とびきり旨いウォッカ・マティーニを作れるのも条件だな。――で、そういうお前はどうなんだ」
「酔っ払った勢いで口から出まかせを言わない男」
 村上は顔をしかめて「とっとと帰れ」と言った。アタシは「言われなくても」と言い返した。
 もう一度洗い物を済ませてしまってから、灯りを落として三和土で靴を履いた。アタシが帰るまでは何とか起きていようとしたらしかったけど、部屋の中からは酔っ払い特有の少し荒い寝息が聞こえてきていた。
 アタシはあることに気づいて村上の傍らに戻った。村上がメガネをかけたままで眠っていたのだ。
 レースのカーテン越しに月明かりが差し込んで、村上の端整な顔を蒼く照らし出していた。閉じられた瞼は切れ長で、睫毛はたぶんアタシよりも長い。ゴツゴツしたところのない顔立ちはある意味では女性的ですらある。

 ちぇっ、どうしてこの男は寝顔までハンサムなんだろ。

 外したメガネを蓋を閉じたノートパソコンの上に置いて、ずり落ちかけていたブランケットを掛けなおした。その拍子に村上が小さな唸り声をあげた。

 起きたのかと思ったけど、村上はわずかに身を捩っただけで再び深い眠りに落ちていった。
「――おやすみ」
 そっと囁いて、アタシは村上の部屋を後にした。

 

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