男と食事をしていたら

さして仲良くはない知り合いと出くわした


私と共にいる男は私を促し、席を立ち

腰を抱いてエスコートし、金を支払うと

私の為に扉を開け促し

駐車場では私の為に車のドアを開けた


一連のこの流れを見ていた知り合いの女は

彼は一体どういう人なのか?とわざわざ電話してきた


「お金で雇った人?」だって


何て失礼な女だ




世の中の女性は本当の紳士を知らな過ぎる




私だって

育ちの良いお嬢様じゃ、ない

貧乏暮らしの母子家庭で

給食費も大変な家庭に育った


だけど

9歳の時に開けた世界では

それが当たり前のことだったんだ


今思うと泣く子も黙るような事務所へ

私が入り浸ってから

私の周りの男性は

皆、紳士だった


どんなに口汚い悪態を付いていても

扉は開けて私を先に促したし

車のドアも開けてくれた

車道側には絶対に歩かせなかったし

煙草の煙も極力私に掛からないよう気を使ってくれた

レストランに行けば必ず椅子を引いてくれたし

私が立ち上がれば同時に立ち上がった


これには流石に

「何んで?」と思い聞いてみたが

「今夜のレディが立ったから」と友人は答えた


まるで英国紳士だ


そんな環境で私は6歳年を重ねた


その間知り合った人達も、お付き合いをした人達も

皆同じように紳士だったから

私はそれが世の中の常識なのだと思ってた


それが

高校3年の時

免許を取ったとクラスメイトから誘われて

海へ出掛けた

だけど待ち合わせ場所に着いても

彼はドアを開けることはなく、私はしばらくドア前で待っていた


今思えば高飛車と言われるのだろうが

本当に知らなかったのだ

車のドアを自分で開けないとならないなんて


その後

無事海へ着き

海岸や少し入り組んだ入り江を歩いても

彼が私の手を引くことは一度もなかった


何で私を誘ったのだろう?大して大事にも思っていないのに


私の感想は、こうだった



それを同級生に話した時の非難轟々といったら!!


「アンタ一体普段どんな男とデートしてる訳??」

「高校生でそんなこと出来る人いる訳ないじゃん!!」

「贅沢過ぎる!!」

「アンタが酷い!!」


それでようやく悟った

「普通」というものを



確かに

大人になり

こうしてネットで知り合ったり

友達の友達のそのまた友達、みたいな人と出会うと

そういった方も多い


私だってその後

どこぞの男性と知り合って

彼が全くエスコートなんてしてくれなかったことに

失望したこともあったよ

だけど好きだったから

その時はそんなこと

何でもないように思えた



だけど

私の仕事の終わりを見計らって訪れる人達は


皆様、何方も紳士だ


「寒いだろう?」と肩を抱き

私のバッグを取り上げる

車のドアを開け私を促すと

回り込んで運転席に座り

「何が食べたい?」などと口にする


それが当たり前のように彼らはするが


以前、聞いたことがある


「何の為のエスコート?」


それを聞いたのが彼で正しかったのか

別の男ならもっとまともな回答が得られたのではないかとも思うけれど


彼は言ったのだ


「女性は弱い生き物。だけど子を産める尊い生き物。だから僕は守らないとならない。貴女が好きだから、良い所も見せたいしね」


良い所、とは

普通

強い姿や格好良い姿のことを言うのでは?


それを彼は

「女に尽くし紳士的であること」を言ったのだ


つまり

彼にとって「良い男」とは「紳士的な男」であったのだ


おう

そうか


そんなに素敵なものなのか


そう思ったら

もう考えは止まらない


君は実に、良い男だ



私の為にしてくれるその「良い男」の行為なら

全て受け止めよう


有難う


また

私の周りの人達にそういった人が多いのは

皆、私をちゃんと女として守るべき存在として扱っていてくれることに

この上ない感謝を抱く

有難う


高飛車だと言われても

そんなことは構わない

君らはいつも私を特別と扱う


それが本当の「エスコート」というものなのだろう


女はそれに気持ちを良くし

男はきっかけを掴むのだ

中世そのまま

そんな紳士もいたっていいじゃない

実に素敵だ



まだ理解出来なくとも

女性へのエスコートはした方が、いい


それはつまり


思いやり、ということだ


私が今まで受けたのは優越じゃ、ない

彼らの思いやり、だ


私が超高級なフレンチのレストランで

困っている時、彼は言ったんだ

「難しいから手掴みでいいよ」

他の人達は呆気にとられたが

彼は平気で手掴みで食べた

「ほら、君もやってごらん」


そう言った彼は

本当の紳士だった


また

私が長いドレスに慣れず転んでしまったしまった時も

「うわーっ!」という派手な声をあげて同じように転んでくれた

その後

「恥ずかしいのは、一緒だよ」と

ダンスを申し込んでくれた

そんな彼の紳士っぷりは今も忘れられない




つまり紳士って



相手のことを大切に考える

大人の男だと私は思う


自分を確立していて、自己犠牲も理解していて

尚、他人を大切に出来る

尊重出来る


そういう人が

本当の「紳士」なのだと

私は思う








何故皆


これを目指さないのかな?