今夜の耳は音楽を欲しがり

ふと思い出したあのピアノの旋律に誘われて

まつとうやさんの「春よ、来い」を聞いたのですが


楽曲とは不思議なもので

それを聞いていた頃の自分を思い出すものです


私はまだその頃拙い恋をしていて

焦れた黒人の男の子を家に招待したのですが

母は彼を見て酷く怒り

私達は怒鳴られるまま外へ出て

近くの河原で、これからどうしようと

幼く語り合いました


濁った河へ流れる落ち葉の如く

私達には未来がないように思え

それでも好き合っていましたから

互いの手をきつく握っていました


彼の掌の白と黒の交わる部分を見て

いつかそんな風に私達も交われるのではないかと

私は誰にも言いませんでしたが

密かに思っていました



「春よ、来い」を聞いたなら

あの曲を聞かない訳には参りません

「真夏の夜の夢」



これは私が横浜でパチ屋の主任を務めていた時に流行った曲です

日に何度かその店ではマイクパフォーマンスがあるのですが

私のテーマ曲はこれで、これが掛かるとお客様からお声が掛かる程の定番でもありました

「さて、ここからは冴子がマイクを担当致します。早速入りました275番台フィーバーで御座います。おめでとう御座います。どなたもジャンジャンバリバリ、ジャンジャンバリバリお出し下さいませ」という具合です


当時の店長は私ともうひとり若い女の子を育成していて

彼女はべらんめぇな昔堅気の追い込み口調

私には正当な説明口調を学ばせましたので

私の評判はすこぶる良く

一度に50分という長い時間マイクを占領することが出来ました

また全ての自動ドアを開け

「お仕事帰りの皆様、本日もお疲れ様で御座いました。今宵のひとときのお楽しみにパチンコなどは如何でしょう?今宵ひととき真夏の夢、ご覧頂ければ幸いです。ここは桜木町で一番の老舗一番の出玉を誇るホールで御座います。どうかお遊び頂きますよう。さてまた参りました356番確変突入6箱目で御座います。おめでとう御座います!そして今聞こえて参りました53番台のジャックポット突入で御座います。おめでとう御座います!」


マイクを持っている私へ向かって全ての従業員が

当たり台番を指で知らせます

それを私は次々とマイクへ喋り

お得意さんを見付ければ

「奥様へのお土産は完璧ですね」などとアドリブを入れた為

お客様が馴染んで下さり

その一体感やたるや

幸せな接客業でした



ですが、まつとうやさんと言えば

「ロンド」も聞きたく



そのパチ屋時代に私は同時に二人の人から求婚されたのですが

そのおひとりを選んで婚姻しました

結婚の席でこの曲が流れました

とても素敵な曲だと思い

歌詞と同様、彼に生涯を誓いましたが

二人の物語はフォルクローレを聞かず

3年程度で泡と消えました



ここで思い出を詰まらせてしまった私は

だったらどの曲なら楽しくなれるのかを考え


サザン、ミスチル、いや

チャゲアスだと思い聞き漁ります



時代はまた遡り

「万里の河」

私がクラスでいじめられていた頃のことです


転校生がやって来て

「助けてあげる」と言いました

そんなの嘘に違いない、と私は思いましたが

彼女が連れて行ってくれた場所はまさに私を助けてくれた


今も通じる言ってみれば恐い人達の流れに

組み込まれた時期でもありました



「万里の河」とくれば「モーニングムーン」です



私はこの曲の流れる歌舞伎町で唯一の親友を手に入れました

どちらもまだ幼い顔をして

それでも家には居場所がなく

繁華街で遊ぶしかなかった

酒など飲めない年齢にありながら

男達の視線はとうに私達を女と捉えていて

私達もそのことを良く理解していた


利用することと

嘯くことを覚えた



それから勿論色んなことがありまして

再度辿り着いたのが「僕はこの瞳で嘘をつく」



歌詞の内容、納得です

私が驚いたのはその歌詞の美しさです


傷のない別れなどある訳ない


ぼくの中の誰かの事


だから君の顔を見詰めたよ


僕はこの瞳で嘘をつく

愛した君だから、どうでもいいなんて思わないよ


だから僕は嘘をつく



男性の「嘘」を受け入れようと決めたのは

この曲のお陰だ


幸せな嘘も、ある




だけどここまで来たら

やはり聞きたい「Yah Yah Yah」



この歌詞に何度励まされたことか


「傷付けられたら牙を剝け、自分を失くさぬ為に」


「丸い刃はなお痛い」「後に残る傷跡は無理には隠せはしない」


「僅かな力が沈まぬ限り涙はいつも振り切れる」


「今からそいつを殴りに行こうか?」



ひとりじゃないと思えた


やってやろうじゃないかと

そう思ってやってきた


牙を抜かずに

仲間を捨てずに

ずっと守ってきたんだ



たくさんあるエピソードの

お終いを披露する気は、ない



私はまだ生きているので

今後も紡がれよう




それに沿う楽曲を期待して