実は、こぶくろの黒田さんが好きだったりする


するとやはり友人なら言うよね

「デカくて髭でサングラスならいい訳ね?」

「もしかして、名前??それだけ??」


な訳ないだろ


違うんだよ、

何て言うか、匂いだよ


わかんないかなぁ??






ひとつのつぶやきがきっかけで

以前考えていたが、どうにも答えが出せなかったことがぶり返し

また考え始めた



凶悪事件を犯した、その家族のことだ



被害者は勿論、加害者もまた

と言うより私には

加害者の環境、育った過程にとても興味がある


それはつまり

何故そのような人間が出来上がったのかという

人間製造の過程に心を惹かれることに他ならない



私が目にしたつぶやきは

あの事件の加害者家族が、被害者の墓を荒らしたというものだった


他事件の加害者家族のことも交え

ゴミの親はゴミ、と締めくくられている


確かに、その通り


それが事実なら

そんなこと、許されることでは、ない




だけど

こうも考える



そうまで追い詰められたであろう加害者家族の実情は

多分、想像を絶するものであったろうと


史上稀にみる残酷な犯罪を犯した人の親


私が被害者の親なら「死んで詫びろ」と思うでしょう


そんな人間を作り出し、自由にさせ

まして現場は自宅の二階た゜ったのですから


知らなかった、考えられない、で済む話ではないはずだ


このままでは良くないだとか

何かが起こることはある程度の察しはついたはずだ



だけど

犯罪者にする為に子育てをする親など、いない


健やかに、幸せになって欲しいと誰もが願っている


その為に大切な、人への思いやりや協調性

自分を鑑みる思慮深さを植え損なったとして

その教育の仕方、愛情の誤認、管理能力のなさを責められることは仕方ないとしても


最低限生きる為に必要な

人格や生活環境を長い期間脅かされれば

正しい判断力さえ失うのかも知れないとも思う



勿論、圧倒的に犯罪者が悪い

そんな人間を作り出した親にも、それなりの責任があるだろう



だけど

もしも自分の家族がそんな犯罪を犯した場合


一体どうやって償っていけばいいのか?

そこには正解など、ないように思える



被害者の遺族の方々は、私のように死を望むかも知れないが

辛い思いをして生きろ、と望む方もいるだろう


生涯詫びて生きるか、何かしらの物理的罪滅ぼしなのか

何をしても贖罪には見合わない気がして


結果追い詰められ、精神を正しく保つのは困難だと思われる


それでなくても

マスコミや近所の方々、今はネットで嗅ぎ付けた人達から

多方面な嫌がらせは避けられないだろう


加害者家族は、よく詳しい状況も分からないまま

矢面に立たされると聞く


例え、はじめは謝罪する気持ちがあったとしても

次々に起こる困難に合えば、常軌を逸しても仕方ない


犯罪の最も怖いことだと思う



犯罪者はやったら後は刑務所の中

弁護士やら少年法やらに守られる


だけど

その後吊るされるのは家族であり

そこにまた悲劇が生まれる




犯罪者の両親の責任を

正しく判断するのは困難


酌量の余地があるのか、ないのかを

裁判で正確に判断するのはほぼ無理だろう


まして

教育の仕方が間違っていたとしても

それを裁かれることは殆ど、ない




少なくとも

墓を荒らすのは罰しよう


嫌がらせに石を投げたり、中傷した者も罰しよう


もしかしたら

こんなこと書いてる私も罰される??




「じゃあ、どうしろと言うんだ」と

加害者家族の声が聞こえてきそうだが





「じゃあ、どうして自分は死んだんだ」と

被害者はきっと言っている







謝ろう


とにかく、謝ろう



何をしても見合わなくても


開き直るよりずっといい




小さい頃、そう習ったろ?

加害者のご両親も一度は口にしたはずだ


「悪いことをしたら、謝りなさい」



正しい謝り方を探しながら生きるしか


術はないように、思う