思い出せない



私が企業の管理者だった頃

同級生の親友を呼んで

横浜・桜木町で飲んだ時


ナンパしてきた二人の男の子



ひとりは皮のズボン

ひとりはデニムのジーンズだった



私達女性は、またか、という気持ちで

そのナンパに適当な返事を返した


「生まれは、どこ?」と聞かれたので

彼女は神戸、私は関西だと答えた


二人とも東京生まれなのに


「俺も関西。関西のどこ?」と聞かれ

唯一知っている「吹田」と答えた

「吹田」のどこ?と聞かれ

「高槻」と言えば

「俺も高槻!!偶然だね!!」と男は嬉しそうに笑った

これはヤバい



あそこの駅近くにショッピングモールがあったとか

あそこに学校があっとか

そんなことを言われても

私には分からない

適当に返事をするしかなかった



それでも何とか話を合わせ

私達4人は飲み進め



デニムジーンズの男が私の親友を送って行くと言い出した



それでは私達も出ましょうと

店を出たのだけれど


「家まで送っていく」と言う彼の言うまま


私は当時勤めていた寮まで送って貰った



「ありがとう」と言ったのですけれど

「もう少し一緒にいたい」と言う彼に押されて


私は寮の部屋へ彼を入れた


皮のズボンを履いた彼は実にスタイリッシュで

お洒落な男の子に見えた



来る途中に買った缶ビールを彼と飲み

生い立ちなんかを話し合い

ただ普通に会話をして

普通に笑った


彼は眠そうな私を見ると

お姫様抱っこをしてベッドへ乗せてくれた

そして「彼女になってくれる?」と言った


「いいよ」と私は答えた


その時の彼の微笑に意味があったことを

どうして気付けなかったのか

今も、後悔している



「ヤリたいけど、今は酔ってるから帰るね」



その後日


私は親友のことが気に掛かり

ちゃんと送って貰ったのかの確認をした


「うん、何も変なことはされなかったし、ちゃんと送ってくれたよ」


それを聞いて安心した私の目に

TVのニュースが飛び込んだ




聞き覚えのある名前

新宿の高層マンションに住まう20代の男性

首を吊って自殺




ああ




ああ





皮のズボンを履いていた

「結構重い」と言っていた

「君も結構、重いね」

「ごめんなさい」

「いや、全然、いいよ」


そう言った



それは覚えているのに


彼の顔




どんなだったっけ??





「彼女になってくれる?」


そう彼は言った



思い出すのはそればかり




彼って、どんな顔



してたっけ?