三枝成彰さんのオペラ「KAMIKAZEー神風ー」を、2月3日に観に行きました。

3日間の公演の千秋楽という事もあり、東京文化会館の大ホールのロビーは大勢の観客で華やぎに満ちていました。

                                  

                              

日日草が 風に揺れて・・・


今回のオペラは、世界初演という事もあり、ロビーには各界の著名人の方々の姿が多く見られ、この演目の注目度の高さを感じられます。

三枝さんや、「神風」の原作者の堀紘一さんもロビーに出ていらっしゃっていて、お知り合いの方々とご挨拶をされていました。


                                 

日日草が 風に揺れて・・・


*原案・原作      堀 紘一

*作曲          三枝成彰

*指揮          大友直人

*美術          千住 博

*アリア歌詞      大貫妙子


*神崎光司少尉    ジョン・健・ヌッツオ

*土田知子       小川里美

*木村寛少尉      大山大輔

*木村愛子       小林沙羅

*野島久一伍長    仲本博貴

*山口耕太少尉    渡辺 大

*富田トメ        坂本 朱


*管弦楽         新日本フィルハーモニー交響楽団

*合唱           六本木男性合唱団倶楽部



このオペラの舞台は、特攻隊の最前線基地である鹿児島県の陸軍飛行場があった知覧です。

そして、実在した特攻隊員の穴澤利夫少尉と、その婚約者である智恵子さんをモデルにして、抗えない運命に散った悲劇の愛を描いています。


まず、押さえておかなくてはいけないのは、この公演はオペラだという事です。

リアルに反戦を訴えると、オペラではなくドキュメンタリーになってしまいます。

しかし、この「神風」は、日本的な美しい旋律と共に、悲劇的な2人の愛を描く事で、私達の心に深く強く戦争のおろかさや空しさを訴えてくるのではないかと思います。

原作者の堀さんも、プログラムの中で、特攻は理不尽でとても言葉で説明できるものではないから、三枝さんの音楽が不可欠なのだと仰っています。


三枝さんも、言論と表現の自由がまだ保障されている今の内に何か残しておけるのではないかと思われて、この作品をつくられたそうです。


お二人の、強い想いの込められたこのオペラは、悲しみに満ちていながらも、私達に深いメッセージを投げかけてくるのです。


第一幕冒頭は、大山さん扮する木村少尉がまさに「隼」に乗り込もうとするところへ、小林さん扮する妻の愛子が身を投げ出して止めようとするシーンから始まります。

激しい音楽が、緊迫感を増幅させ、不穏な空気を醸し出しています。

今回のオケは、とても人数が多く、特に冒頭の場面では歌声をかき消さんばかりの大音量でした。

歌手の方は、もちろんマイクを付けていないわけで、あの大迫力の音響の中で広い会場の隅々まで歌声を響かせるのは、並々ならぬご苦労がおありだったことでしょう。

ですが、どうやらそれは三枝さんのお考えの上での事だったそうです。

だから、日本語の歌詞なのに、日本語の字幕があったのでしょう。


その狙い通り、冒頭のシーンは心拍数が上がりそうなくらい音楽のうねりの中に巻き込まれていきました。

愛子の必死の願いは届かず、木村少尉は沖縄の海上を目指して出撃してしまいました。


大山さんは、強い決意の中にも愛子に対する優しさを垣間見せた木村少尉を、力強い美声で歌い上げながら演じていらっしゃいました。

その、凛々しさが、余計に悲しみを深くします。

大山さんの故郷である鹿児島の空を飛び立っていった若き隊員を、どんな思いで演じられたのだろうと思うと、胸が締め付けられるようでした。


そして、愛する夫が特攻隊として出撃してしまった愛子の気持ちを考えると、もう辛くて、辛くて・・・

小林さんの歌声は、心をえぐられるような悲しみに満ちていました。

その豊かな表現力は、特攻隊員たちが集う食堂のシーンでも、いかんなく発揮されていました。

夫の出撃を現実としてなかなか捉えられない愛子は、酒に酔って隊員たちの所へふらふらとやってきます。

そして、お腹に宿った子どもと、夫への思いを込めてアリアを歌うのです。

それは、愛子の心の叫びそのものでした。そこには、まさに愛子がいたのです。

思わず鳥肌がたちました。 まさに、小林さんの絶唱です。 本当に素晴らしいアリアでした。

そして、音楽や歌声が素晴らしい程、ますます悲しみは深く心の奥へと沁みていくのです。


山口少尉の歌詞の中に、特攻に望んで志願したわけではない、ある日突然今日から特攻隊だと告げられたというような意味のくだりがありました。

表向きは、特攻隊は、お国のためにと志願した若者達だと思われています。

しかし、本当は、彼らはお国のためではなく、自分の両親や兄弟、そして愛する人の為に死んで行く覚悟をしたのだそうです。

自分が特攻隊への入隊を拒否したら、大切な人達が大変な目にあわされてしまうのです。

彼らも、1人の人間です。

大切な、大切な命を兵器として散らす特攻・・・

でも、彼らは愛する者達を護るために、散っていくしかなかったのでしょうか。

あり得ない事が、本当に日本でおこなわれていたのです。

その現実を知り、受け止めていかなくてはいけないのです。


ジョン・健・ヌッツオさん扮する神崎少尉は、特攻に行く事をうちあけられないまま、東京に婚約者の知子を残してきました。

しかし、恋人に会いたい一心で、知覧に知子がやって来ます。

やがて、知子は、神崎が特攻隊に志願していることを知るのですが、その恐ろしさを受け止めきれずに、二人の思い出や夢の話を始めます。

そして、神崎も、そんな知子の思いを感じながら満開の桜の下で一時の安らぎの時間を過ごすのです。


ジョン・健・ヌッツオさんは、何故あんなに清らかな歌声なのか不思議な程、その声はどこまでも澄みきっていて、魂が震えるような気持ちがしました。

特攻へ向かう前日の夜、神崎と知子は旅館で一夜を共にするのですが、抱いてください・・・とすがる知子をそっと抱きしめているうちに、安心して知子は眠ってしまいます。

そんな知子をそっと布団に寝かせ、寝顔をじっと見つめながら「なんて美しい・・・」と神崎は歌うのです。


神崎は、決して特攻へ行きたくはなかったのです。

しかし彼は、決意しました。  置手紙を残し、知子の若草色のスカーフを自分の白いマフラーとねじり合わせ、決意の表情で首に巻き、部屋を出て行ったのです・・・


知子を演じた小川さんは、すらっとしたとても美しい女性です。

神崎が買ってくれた白いワンピースに、若草色のスカーフを巻き、日傘をさして登場します。

まさに、千住さんが描かれているポスターやチラシの絵から抜け出してきたような風情です。

知子の歌は、高音からかなりの低音までとても音域が広いように思いましたが、小川さんは抜群の安定感と声量で、素晴らしい歌声を聴かせてくださいました。

最期、本当に悲しい結末を迎えてしまうのですが、余韻の残る美しい場面でもあります。


このオペラは、舞台のセットもシンプルで、登場人物は殆どが軍服なので地味な色合いなのですが、だからよけいに愛子の桃色の着物や、知子の白いワンピースや若草色のスカーフが舞台にはえて、より印象的な雰囲気を感じられました。

そして、舞台奥には桜や木、月など、日本画を思わせる美しい映像が効果的に映し出され、舞台に奥行と動きを出していたように思います。

無駄な物は一切省き、そこに真の美を見出す・・・まさに和の心ではないでしょうか。

日本人のスタッフによってつくりあげられたこのオペラ。

世界初演を観る事ができて、本当に幸せな気持ちです。


カーテンコールの最後に、知子のモデルとなった智恵子さんが三枝さんと一緒に登場されました。

そのお優しい笑顔の下には、決して忘れられない思いがおありだとお察しします。

ですが、智恵子さんの言葉は私達を優しく包み込んでくださるようでした。

キャストの皆さんにもサプライズだったのか、涙を拭われている方もいらっしゃいました。

私も、思わず涙が・・・





特攻隊員の集う食堂のおばちゃんのトメさんが、「私達は、誰かの悲しみの上に生きているんだね」と、悲しみに声を詰まらせながらも、美しい曲と共に歌い上げます。

私達は、彼らの死を決して無駄にしてはいけないのです。そして、二度とこんな恐ろしい事をおこしてはならないのです。

日日草が 風に揺れて・・・


これは、このオペラのスコアです。

分厚いスコアのページをめくると、びっしりと書き込まれた楽譜に、三枝さんの特攻隊で散った方々への深い思いを感じ、目頭があつくなりました。

戦争が、いかに愚かなものであるかを、「神風」を通して訴えられた三枝さんの気持ちを強く受け止め、この世界中から戦争の無い平和な日々が訪れる事を、心から願っています。

日本の平和を守り抜くのは、私達自身なのです。